白州と天然系女子

「ありがとー! 助かっちゃった。恩にきる!」

 2年A組の教室にて。背後で騒々しい声がしたので、席に着いていた白州は思わず振り返った。同じくA組に遊びに来ていた倉持と前園も、同様の行動をとる。
 そこには、現国の教科書を友人からありがたそうに受け取るA子の姿。A子が何気なく前方を見ると、倉持と目が合った。

「あ、倉持」
「おうA子。お前また忘れてんのかよ」

 するとA子はムスっとしながら、

「置き勉してるあんたに言われたくない」
「あ? 俺はな、いろんなケースを想定してんだよ!」
「ほぅ? ズボラ倉持くん」
「ああ?! お前が言える立場かコラ」
「言える立場ですー」
「テメェ表出ろ」
「やめい! どっちもどっちやろーが!」

 見兼ねて前園が仲裁にはいるが、倉持とA子は睨みあったまま。

「いーや前園くん! 絡んできた倉持のが悪いから!」
「売られたケンカ買うテメェもテメェだ!」
「お前らいい加減にせぇ!!」

 とうとう前園もキレてしまい、ケンカは収束に向かうどころか更にこじれそうな勢いだ。だが、ここでただ一人。白州だけは、静かな目でそれを見守っていた。
 その時ふっと。A子と白州の視線が重なる。

「……あ……」
「急になんやねん」
「……この人知ってる」

 A子が白州に向かって、ずびしっと指を差す。

「……けど、名前が思い出せない」
「お前なぁ、そういうことは思ってても言わねぇのが礼儀なんだよ!」
「でも今確認しとかないとずっと気持ち悪いままじゃん!」
「そりゃお前の都合だろーが!」

 倉持は机を拳でバンっと叩いて声を荒げる。
 しかし当の白州は、もっともだ、という風にうなずいた。そんな白州の様子に気を良くしたA子は、えっと、と首を傾けながら口にする。

たいくん?……いや、ますくん?」

 白州は穏やかに首を振った。
 A子の発言に、呆れる倉持と前園。

「鱒って……」
「でも、“ます”って成孔にいたよな」
「そら“枡”やろーが!」

 A子が白州にずいっと詰め寄る。

「でも、確か魚の名前なんだよね」
「響きはな」

 本人からヒントをもらったA子が、うんうんと唸って再び口を開いた。

かつおくん?」

 白州が首を振る。

「ワカメ? タラ? あ、サザエ?」
「国民的アニメかい!」
「つーかいつの間にか海のモノ縛りになってやがる!」

 倉持と前園のツッコミをよそに、白州は冷静な口調で言った。

「もっとサイズが小さいものだ」
「わかった! ちりめんじゃこだ!!」
「……惜しいな」
「「惜しいか?!」」
「もっとヒント!」

 せがむA子に白州は、

「踊り食いなんかもある」
「踊り食い? もしかして……しらす? しらすくんだ!!」
「正解だ」

 わぁわぁと喜ぶA子は白州にハイタッチを求め、本人もそれに応じる。試合以外で白州がハイタッチをするのはどこかシュールな光景だった。
 それから名前がわかったところで、その話題は一旦途切れた。しばらく世間話をしたあと、ちょうど予鈴が鳴る。

「あ、もう戻らなきゃ。じゃあね。倉持、前園くん、えっと……秋刀魚さんまくん!」

 パタパタと、来た時同様騒がしく去って行くA子。それを無言で見送る三人だった。

「あいつ、とんだトリ頭だな……」
「いや、鶏に失礼やろ」

 呆れた様子の倉持が、それにしても、と白州の方を向いた。

「お前よくキレずにいられんな」
「ほんまや。しかもあいつ、ツッコミどころ多すぎて追っ付かんわ」
「……でも、本人が楽しそうだったからな」

 口許に控えめな笑みを浮かべる白州。彼はいつも冷静で、声を荒げたり、感情をわかりやすくぶつけることはしない。常に凪いだ状態の海のようで、同年代の中でもどこか達観しているようなところがあった。このスタンスは、倉持らにはないものだ。

「「白州……!!」」

 身近な所に仏を発見したみたいに、倉持と前園が目を見開く。

「お前……マジかっこいいぜ」
「惚れてまうわ……!」

 感極まったように、白州に熱っぽい視線を送る二人。A子に対しては全く自分というものを崩さなかった白州だったが、今日初めて表情を歪めた。

「……やめてくれ」


index / top

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -