成孔と壁ドン

 ここは成孔学園野球学生寮。晩飯を終えた小川が一人、ぽつんと席に着き熱心に何かを読みふけっていた。
 その微動だにしない大きな背中を発見したマネージャーのS子が、そっと歩み寄る。

「常〜。何読んでんの?」
「あ、S子先輩。チッス」
「私にも見せて」

 小川の手元には、雑誌が広げられていた。いつもファッション誌のチェックに余念がないからきっとそれだろう。ただ、現在広げられているページは洋服の載ったカラーページとは異なり、記事を中心とした白黒ページだった。

「なになに……『女の子を壁ドンでときめかせる方法』」
「自分、勉強中ッス」
「ふむふむ。角度と目線と……」

 するとそこへ、枡と長田がやって来た。

「あ、ちょっと! 枡に長田。常が壁ドンについて勉強してるんだって」
「お前そんなん読んでるヒマあったら、今度の対戦校のデータでも読め」
「いや、枡さんみたいな人こそ読むべきですよ」
「けっ、アホらし」
「俺はちょっと興味あんな。この鍛え上げられた筋肉を見せつけられるわけだし」

 と、長田が頼んでもいないのに力こぶを作ってみせる。
 だがそれを見ていたS子は、人差し指をぴっと立てて小川らを見回した。まるでダメな生徒を諭すように。

「あんたたち、壁ドンが何たるかを全然わかってないみたいね」
「どういうことッスか?」
「いい? 壁ドンっていうのはね、壁をドン! ってした時に、腕と女の子との間に少し隙間ができるでしょ」
「それがどーしたんだ?」

 長田が首をかしげる。

「男にとっちゃ女の子に力を見せつけてドヤァ! なわけだけど、この隙間がポイントなのよ」

 ふんふんと熱心に小川が耳を傾ける。
 データを覚えるのも、このくらい真剣にやってほしいものだと枡はため息をついた。

「力を誇示するだけなら手首でも掴めばいいでしょ? この隙間はね、女の子に『逃げてもいいんだぜお前に任せるよ』という選択肢が言外に含まれてるのよ」
「「ほぉ〜」」
「力強さと優しさ、この二つがポイントね」
「じゃあS子先輩! 俺はどの点に気をつけたら?」

 ハイ、と小川が手を挙げる。
 しかしS子は厳しい顔で首を振った。

「枡、ちょっとそこの壁の前に立って」
「は?」
「いいから」

 枡は不服そうにしながらもしぶしぶ壁の前に立った。

「常! 枡にすかさず壁ドン!」
「……え?」
「ほら早く!」

 事態を察知した枡が青ざめた顔で逃げようとするも、小川が素早く枡に向かって壁ドン! ――それはむしろ、壁ドォンというくらいの爆音だった。
 そして今ここに、成孔バッテリーによる壁ドンが誕生した。

「枡、気分はどう?」
「……最悪だ」
「常の壁ドンどう思う?」
「つかぶっ飛ばすぞ」
「枡さん。演技ですよ、演技」

 193pの小川と166pの枡。その差、実に27p。身長差的には理想的と言えるだろう。
 しかし、枡のこめかみにはぴくぴくと青筋がたっている。

「これ、女の子はどんな気分だと思う?」
「俺ならぶっ飛ばすけど、女子なら絶望感しかねぇだろーな。逃げられねぇつう」

 S子が満足そうにうなずいた。

「ってことで筋肉ダルマ集団のあんたらにはムリ! 以上解散!」


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