常松と“彼”のマーチ

 ここは成孔学園野球部の学生寮。部員たちは日夜、厳しい練習に耐えている。
 ある日の夕方の食堂にて。晩飯を終えた長田は、席でくつろぎながら、スマホのディスプレイにぼんやり視線をおとしていた。適当に某呟きアプリを立ち上げ、見るともなしに画面をスクロールしていると、ある興味深い呟きを発見した。

「(歌の歌詞を過去形にすると深みが増す、か……)」

 そこに載せられていた歌は、ちょうど長田の斜め前に座っていた小川が好きであろう“彼”のマーチだった。長田が立ち上がって小川の方へ歩み寄る。

「常、これ見てみろ」
「ん? なんスか?」
「いいから見ろって」

 長田が逞しく鍛え上げられた上腕二頭筋を寄せ、小川へとスマホを押し付ける。
 小川はむさくるしさを感じつつも、それを受け取った。

「歌の歌詞を過去形にすると深みが増す……ん? これ“彼”のマーチじゃないッスか!」
「お前好きだろ」
「確かに俺は“彼”をリスペクトしてるッスけど、“彼”の真骨頂はなんといっても“たいそう”の方ッスよ! まぁ、“マーチ”のが有名だけど」

 素人はこれだから、という風に首を振る。
 長田は少々むっとしつつも、「いいから読め」とやや強い口調で言って画面を指した。
 それから小川は、億劫そうに歌詞を読みはじめた。

 ――……

「どうだ常。……っておおっ?!」

 ちょうど読み終えたが小川が、目にうるうると涙を溜め、ディスプレイを見つめていた。

「……どうしてくれるんスか」
「ああ? 何がだよ」
「深みが増すどころか、“彼”死んじゃったじゃないスか……」

 小川がじろりと長田を睨みつける。その眉が薄いせいで、変な迫力があった。

「んなん知らねーよ! 新しい顔ですぐ生き返るだろ!」
「そうやってみんな“彼”の命を軽くみて!」
「現にそうじゃねぇか」
「長田さんはそんなんだからヒッティングマーチがプ◯キュアなんスよ」
「なっ?! プ◯キュアを下みたいに言うな! ちゃんとチビッコたちに愛されてんだぞ!」

 すると、小川がばかにしたように鼻を鳴らした。

「老若男女にモテてるのは間違いなく“彼”の方ッス」
「んだとテメ!」
「うるせぇぞお前ら!! 高校生のする会話か!」

 背後から飛んだ枡の鋭い一声で、はっと我に返った二人だった。


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