2014 クリスマス
クリスマス? そういやあんまやんなかったな。
御幸くんのこの何気ない言葉の裏に、彼のどんな事情が隠されているかなんて私は知らない。自分は席が隣同士というただのクラスメイトにすぎない。
彼の家はクリスマスなんて関係なしの熱心な仏教徒かもしれないし、単純にこういったイベントに無関心な家なのかもしれない。
ただほんの一つの可能性として。
彼が淋しい少年時代を過ごしたのではないかと勝手に想像すると、これまた勝手に心が痛むのだ。
本日、12月24日。クリスマスイヴ当日。
今、私の目の前には、干されたトランクスが冷たい風に煽られ揺れている。いや、けっして私は下着ドロボウなどではない。放課後、とあるサプライズを仕掛けるために、私はここ、青心寮の御幸くんの部屋の前に降り立った。
クリスマスイヴに、洗濯物の靴下の中にプレゼントを仕込む。これが私の練りに練ったしがないサプライズだった。
思いついた時は「ナイスアイデア!」と浮かれたものの、実際、寮に忍び込んでみると、自分が今からとんでもないことをしようとしているのではないかと心配になってくる。
プレゼントに昨日、ジンジャークッキーを焼いた。御幸くんは甘いものが苦手みたいだけれど、これなら大丈夫だろう。だけど冷静になって考えてみると、第一、送り主のわからない食べ物なんて普通口にするわけがないじゃないか。
でももう来てしまったのだから後戻りはできない。さっさとこのジンジャークッキーを靴下に放り込んで帰ろう。そう決心し、トランクスの横で揺れるアンダーソックスに手を伸ばした。
「おい! なにやってんだ?!」
突然、背後から浴びせられた声に、私の背筋へ冷たいものが流れる。
ああ、よりにもよってこの人に見つかるなんて! 今は部活中のはずなのに!
おそるおそる後ろを振り返ると、案の定、そこには練習着姿の御幸くんが立ちすくんでいた。
「まさかお前に下着ドロボウのシュミがあったなんてな......」
「ごめんなさい! ほんの出来心で......って違う!」
最初こそ表情の固かった御幸くんだったが、私の一人ボケツッコミにすぐ破顔した。
「はっはっはっ! やっぱおもしれぇわお前!スコアブック部屋に忘れて正解だったぜ」
私が恥ずかしさで次第に頬が火照っていくのに比例して、御幸くんの笑いは大きくなるばかり。もう、今日はほんとについてない。
「んで、一通り笑ったとこで本題だけど、ここで何してたわけ?」
御幸くんはとても切り替えが早い。さっきまで大爆笑していたはずなのに、もう冷静な表情に様変わりしている。
「あの......実はこれを靴下の中に入れようと......」
私はすぐに観念して、おずおずとクッキーを差し出した。
「......なんだ? 人型の、クッキー?」
「うん、ジンジャークッキー。甘くないやつ」
「へぇ? 俺に?」
ニヤニヤしながらこちらを試すように覗きこむものだから
「同室のお二人にも!!」
と、私は慌てて付け足した。
もうバレてしまったのだから仕方ない。洗いざらい白状するしか道はなかった。
「それ、クリスマスプレゼント。サンタみたいに靴下に入れようと思って。しょぼいけど......」
絶対バカにされる。そう思っていたのに。
けれど御幸くんは一瞬きょとんとしたあと、なんとも言えないような表情を浮かべた。うれしいような悲しいような複雑なような。それらがすべて混ざり合ったような、初めて見せるひどく無防備な顔だった。でもすぐさま目を伏せたので、長くは見ていられなかった。
「はは......ありがとな」
なんだったんだろう、今の。何が彼にそんな表情をさせるのか。私はまだそれを知ることはできないのだ。ほんの少しだけ、チクリと心に痛みを伴う。
「そーだ。......ちょっと待ってろ」
御幸くんはそう言って、すっと部屋へ入っていった。それから何やら黒いもの片手に出てくる。
「ほら、これ被っとけ」
頭上に突然、柔らかい感触がしたと思ったら、そのまま視界がふさがれた。
「ちょっ?! なに?!」
頭に手をやると、どうやらニット帽を被せられたらしいことがわかった。
「なんか寒そうだったから」
御幸くんは、ニッとやんちゃっぽく笑って、自身の鼻を指さしている。
「えっ?! 私、鼻真っ赤?」
「おー。お前、赤鼻のトナカイみてぇなんだもん」
「ちょっと〜、あんま見ないで〜」
恥ずかしくて鼻を押さえて隠すけれど、御幸くんはただ笑うばかり。今日はサンタになるつもりだったのにトナカイなんて。
「えっと......これありがとう。洗ってすぐ返すから」
「いや、もらって」
「え?」
私が訊き返すと御幸くんは、可愛がってやって、とはにかみながらつぶやいた。
とんでもない逆サプライズ。そんな顔をされたら、今ここで気持ちを打ち明けてしまいそうになる。
ただもうそれだけで、トナカイよりもはやく夜空を駆けていけそうな気がしたから。
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