MEGANE’S キッチン

「さぁ本日も始まりました。メガネズキッチンのコーナー。おなじみイケメンメガネ料理研究家こと!」
「黒メガネの御幸一也です」
「司会進行兼アシスタントのみょうじなまえです。本日もよろしくお願いします」

 御幸先生と私はいつものごとくぺこりと頭を下げた。

「では早速お便りをご紹介します。東京都の“御幸先生に料理されたい”さんから。『御幸先生は彼女に料理を作ってあげるんですか?』という質問ですが」
「はっはっはっ!まぁ、彼女がいるかどうかはご想像にお任せするとして。俺結構尽くすタイプなんで、お望みとあらば(笑)」

 さすが御幸先生、女性のハートをガッチリ掴む模範的な回答だ。

「意味深な答え頂きました......。では、お待たせしました!本日のゲストは、今人気急上昇中のお笑いコンビ、ダブルピッチャーのお二人です!ど〜ぞ〜!」

 スタジオのスタッフからは申し分程度の拍手が起こる。

「み、みなさん!どうも、はじめまして!ダブルピッチャーの沢村栄純です!」
「......どうも、降谷暁です」

 野球のユニフォームを着た沢村さんは目一杯ピースをしてアピールするが、同じく野球のユニフォームを着た降谷さんは無言で突っ立っていた。
 私は沢村さんにマイクを向ける。

「お二人はなんと我らが御幸先生の高校時代の後輩という事で、本日はその当時のお話なども色々伺いたいと思います」
「はい!!ヨロシクっす!!」
「......よろしく」
「お前らがそんな格好してっから高校時代に戻ったみたいだぜ」

 御幸先生はニヤニヤ笑いながらキッチンに立った。二人がゲスト席に着く。

「え〜本日は沢村さんのリクエスト、お袋の味・肉じゃがを作っていきたいと思います」

 御幸先生は華麗な手さばきでジャガイモを切っている。
 私はそれを横目に、ゲストの二人に質問を投げかけた。

「お二人は御幸先生とバッテリーを組んでいたそうですね!」
「そうなんス!でも始めの頃は、御幸先輩が全然球受けてくれなかったんですよ!」
「御幸先輩に勝手に僕達の失点増やされた事もありました......」
「そ、そうなんですか......」

 もっと微笑ましいエピソードを期待していた私はたじろいだ。

「あと!合宿ん時、めんどくさい先輩を俺らに押し付けたり、パシリに使ったり!」

 沢村さんの言葉に、降谷さんは同意するようにコクコクと頷く。

「へ、へぇ〜」

 その時私の右頬のすぐ横を、ものすごい勢いで何かが通り過ぎた。

「もがぁっ?!」

 ふと前を見ると、沢村さんが口に何かをくわえている。

「むがっっ、かはっ!」

 沢村さんは顔を真っ赤にさせながら賢明に口の中のものを吐き出した。テーブルの上にマヌケにコロンと転がった物体。
 ジャガイモだった......。

「はっはっはっ!ジャガイモも早くお前らに食われたいってよ!」

 ジャガイモを投げた御幸先生は、早くも人参の半月切りに取りかかっていた。

「さ、さすがです、御幸先生!料理研究家になった今でも、鋭い送球の腕は衰えていません!」
「そんなに褒めたって何も出ないぜ?なまえ」

 ゲスト席では、ジャガイモを握りしめた沢村さんがワナワナと震えていた。

「おのれ......御幸一也〜!」
「沢村さん!落ち着いてください!」

〜しばらくお待ちください〜

 スタッフ総出で沢村さんを取り押さえ、ようやくその場は収まった。御幸先生はゲスト席を気にする事なく飄々と調理を続けていた。
 私は話をそらすため別の話題を振る。

「コ、コンビ名の由来をお聞かせください」
「それは、ゾノ先輩が......」
「そう!大阪出身の前園先輩がですね『お前ら二人おもろいしコンビでも組んだらどうや?』って言ったのがキッカケなんスよ!」

 沢村さんは降谷さんの言葉を遮って、前のめりで鼻息荒く説明する。

「あえての二人ともピッチャーというのが面白いですよね。片方がキャッチャーではなく」
「そうなんス!それで二人がボケるスタイルが生まれたわけなんです!」
「だから、ダブルピッチャー......」
「なるほど!......あ、大分調理が進んでいるようですね。美味しそうな匂いが漂ってきました」

 御幸先生がカメラ目線で、ジャガイモ片手にドヤ顔を決める。毎度毎度のサービスショットだ。お茶の間のおばちゃん達は歓喜に震えているだろう。

「では、煮込み終わるまでお二人にネタを披露していただきたいと思います。では“一人キャッチボール”!」

 二人はマイクを前に並んだ。降谷さんはぬぼーっと立っている。沢村さんはボールをスタジオの天井高く放り投げた。

「おいしょ〜!わはははは!投げて〜〜......」

 私たちはボールの行方を目で追う。

「と、ぅおわっ?!」

 コントロールの誤った沢村さんの球は、キッチンの隅のお鍋に直撃した。ガチャン!、という悲しい音と共に、御幸先生ご自慢のフランス製の高級お鍋は天に召されてしまった。

「さ〜わ〜む〜ら〜」
「み、み、御幸先輩......!」

 御幸先生の怒りに比例するかのように、火にかけた肉じゃがの鍋はふつふつと沸騰している。御幸先生のメガネは、黒縁の黒がレンズにまで広がって見える。
 沢村さんと降谷さんは真っ青になって震えあがっていた。
 真っ黒いオーラが、肉じゃがの美味しそうな匂いと共にスタジオを包みこんだ。

〜しばらくお待ちください〜

 結局この日は、放送終了時刻までに番組が復旧する事はなかった。
 しかし、後日スタジオには「黒い御幸先生も素敵」というお便りが殺到したのだった。


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