青道まつり
「青道まつり?」
鳥居のそばののぼりを見て首をひねる。
今日は練習の息抜きにと、野球部員とマネージャーで夏祭りに行く予定だった。の、だが、なぜか待ち合わせ場所の鳥居の前には私しかいない。
せっかく可愛いピンクの浴衣でバッチリきめたのに、私が時間もしくは待ち合わせ場所を間違えたんだろうか。そもそもお祭りの名前がどうもおかしい。
とりあえず上に行けば誰かしら出会えるかもしれないと思い、私は神社の階段を上った。
境内は祭りばやしと夜店の客引きの声であふれ返っていた。雑多な人混みのなかを慣れない浴衣でゆっくり進む。
その時、やっと見知った顔を発見した。ただし、その人物はなぜか屋台の内側にいた。
「ヒャッハ!らっしゃい!焼きそばどうっスか?!」
「何してるの倉持くん......」
Tシャツ姿で、頭に白いタオルを巻いた倉持くんが怪訝な表情で見つめ返す。手元では焼きそばがジュージュー香ばしい音を立てながら焼かれていた。
「ハァ?!何言ってんだ?なまえ。とりあえず買うか買わねぇかハッキリしろ」
「ええっ?!......うーん、じゃあ一つください」
「まいどありっ!」
野球部のチーター様は、猛スピードで焼きそばを仕上げて私に差し出した。さっそく食べてみると、キャベツが固い、麺はボソボソ。
「全然焼けてないんだけど......」
「ヒャハハ!スピード命だからな!」
「............」
がんばって完食したが、明日腹を下すのは必至だろう。
色々不審に思いながらなおも先へ進むと、なぜか増子先輩がとうもろこしを焼いていた。白いランニングを着て、首に増子酒店の白いタオルをかけている。古き良き日本のお父さんスタイルだ。
「一本ください」
「うがっ!」
しばらくすると一本焼き上がった。貰えるのかと手を伸ばしたら、増子先輩の口に入ってしまった。
「うがっ?!す、すまん......もう一本焼く」
「はい」
しかし二本目も、ほぼ無意識に増子先輩の口へ吸い込まれてしまう。
「すまん、もう一本......」
「結構です。増子先輩が全部食べてください」
私が若干おかしくなったお腹を押さえながら歩を進めると、今度は屋台の外に見知った顔を見つけた。
半袖の白い肌着に白いステテコ、ウエストにはアクセントに茶色の腹巻をしている。いわゆる、古き良き日本のお父さんスタイル第二弾をまとった結城先輩が、鋭い視線で銃を構えていた。コルク弾が見事、大きなブリキのロボットに命中し、その景品を近くにいた子供にあげている。
「取ってくれてありがとう!おにいちゃん」
「気にするな。大事にしろよ」
店の中には誰もいない。
「この射的やさんは結城先輩のお店ですか?」
「そうだか?」
「............」
店主が取ってどうするのだ。
私はもしかしたら奇妙な世界の扉を開けてしまったのではないかと思い、お馴染みのサングラスでスーツのおじさんを探したが見当たらなかった。あれでいうと、私は二、三話目あたりのとんまな主人公だろう。
この先も、嫌な予感しかしない。
ふらふら先へ進むと、地面に置かれた四角いケースの中にカラフルな何かがたくさん売られていた。私は顔を上げて看板を確かめる。
“カラーひよこ”
平成の世にまだこんなものが......と思いながら覗きこむ。屋台の中には、黄色いアロハシャツと短パンを身につけた人物が、ビールケースの上にどっかり座っていた。最初は組の若い衆かと思ったが何のことはない、伊佐敷先輩だった。強面、顎髭の合わせ技で迫力は何倍にも増している。ラブリーなカラーひよことのギャップがすごい。
「らっしゃい!」
「えーと、このピンクの子ください」
「あ?ピヨ子はダメだ!そいつは寂しがり屋だからな!」
「じゃあこのブルーの子を」
「そいつもダメだ!俺の手からしかエサ食わねぇからな」
これほど商売に向いていない人もいないだろう。
「もういいです......」
「おう!おととい来やがれ!」
もうどうにでもなれという気持ちで半ばヤケクソに歩いていると、お面やさんを発見した。
可愛いピンク色の髪のキャラクターお面は魔法少女か何かかと思いながら目を凝らすと、ニコニコ顔の小湊先輩のお面だった。お店の商品全てが。
「いらっしゃい」
私は見なかったふりをして通り過ぎた。
「買うよね?なまえ」
「はい」
甚平姿の小湊先輩が、丁寧にも私の頭にお面をつけてくれた。さながら、頭に小湊先輩の生首がのっているようだ。
もう何も考えたくないとヨタヨタ下駄を鳴らすと、涼しげな金魚すくいの屋台が見えた。
黒の作務衣姿の御幸くんが、ニヤニヤしながら私に何かを差し出している。黒縁メガネに和装という格好がどうにもうさんくさい。
「ほらよ」
「ん?これは、ポイ......?」
受け取ったそれはメガネ型のポイで、レンズの部分には紙が張られている。
「そ!二回チャンスがあってお得だぜ」
私がさっそくポイを水面につけると、紙は速攻破れた。反対側も水に触れただけですぐダメになった。
「ぼったくり?」
「んなワケねーだろ。なまえが下手なだけだぜ?そのポイは俺のメガネくらいの強度があるんだからよ」
「あ、長澤ちゃん」
「マジ?どこ?」
よそ見した御幸くんの顔からメガネをひったくって、それで出目金をすくってやった。多少メガネが生臭くなったって、スポルディングサングラスがあるんだからいいだろう。
その時突然、背後に不穏なオーラを感じた。振り向くと目の前には片岡監督が仁王立ちしていた。
「お前達、シマ代も払わず勝手に商売してるそうじゃないか......」
気配を感じた部員のみんなが、お店をほっぽり出して逃げる。監督が追いかけるのを見送った瞬間、後ろでドーーンと花火が上がった。
............
............
「ヒャハハ!増子さん、そいつ重くねぇっスか?」
「うがっ!(大丈夫!)」
「ははっ!先輩つかうなんていい度胸だな」
「待ってる間に寝ちゃうなんてとんだマヌケだよね」
「まぁ、俺達も待ち合わせに遅れてしまったからな」
「オラァ!テメェら!花火上がるぜ!!」
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