とある寮の風呂場での1コマ
野球部の寮生たちは今日も一日、練習でかいた汗を洗い流し、疲れた身体を癒すべく風呂場でリラックスしていた。
伊佐敷、小湊、丹波も現在、肩を並べて身体を洗っていた。伊佐敷は髪を泡だらけにして洗いながら、丹波の方へちらりと視線をやる。
「つーか最近クソ暑ちぃし、俺も髪切ろっかな」
「え......?」
「丹波くらいにするってこと?」
「ま、そこまで短くはしねぇけど。だって楽そうだしよ、そのつるつる頭」
「ああ」
照れながら応える丹波も偶然、頭を洗っていた。
「しかも、身体洗いながらついでに頭洗えんじゃねーか。それボディソープだろ?」
「なっ?! ......これはシャンプーだ」
「「えっ!」」
「なんでそんなに驚くんだ」
「シャンプーいらねぇだろ! ハゲのくせに」
「ハッ、ハゲじゃないっ! 坊主だ!」
「......どっちでもいいよ」
小湊はため息をついて身体を洗い始めた。唯一の癒しの場においても、やはり寮は騒がしいのだ。
「クリスとか毎日ばっちりセットしてるよな。アレ、何でやってんだ?」
「ワックスとか?」
「あれはジェルじゃない?」
「ジェルかぁ。ガッチリ固めんじゃなくて、柔らかそうな感じだもんな」
頷きながら伊佐敷は、クリスの癖のあるウェーブのかかった髪を思い起こしていた。
「ああいう髪型って人を選ぶよね」
「ああ」
「純がやったら組の若い衆じゃない?」
「んだとコラァ!」
吠えながら伊佐敷が小湊に向かって石鹸を投げるが、無情にもひょいとかわされる。
代わりに被害を被ったのは丹波の頭だった。丹波はその無防備な坊主頭をさすりながら、恨めしげに伊佐敷の方を見る。
「じゃあよぉ、薬師の真田は? アレぜってぇスプレーだよな?」
「スプレーだね。あんなにずっと帽子被ってて髪が寝ないのおかしいし」
「さっき、石鹸......」
「あいつ、無造作気取って毎朝必死こいてセットしてんじゃねぇ?」
「元々の髪質もあるかもね」
「石鹸......」
その嘆きに気づくことなく会話を続ける二人。丹波は諦めて、タオルを手に取る。
すると、伊佐敷は身体をごしごし洗いながら思い出したように言った。
「じゃあ監督はどうだ?」
「監督?」
「何使ってるんだろうね」
しばしの沈黙。
「ポマードじゃないか?」
突然、三人の背後へ声がかけられる。
「み、宮内?! 驚かせんじゃねー!」
宮内はいつものように、ムフーッと鼻息を吐き出して立ち去った。
「つか、宮内の髪型も謎だよな」
「「......確かに......」」
そこから、降って湧いたポマード説に、議論が交わされることとなる。
「でも監督ってまだ三十代だよね。さすがにポマードはないんじゃない?」
「いや、わかんねぇぜ? あの服のセンスとか今時の三十代じゃねぇだろ」
丹波が頷く。
「言われてみると、あの崩れねぇ感じとかオイリーな感じがやっぱポマードだよな」
「じゃ、ポマードに決定ね」
ひとまず結論が出たところで突然。風呂場の戸がガラガラと開いた。
そこには――風呂の時でさえトレードマークのサングラスを外さない話題の人物の姿が。
「お前たち......。そんなに知りたいのなら、俺の背中、流してみるか?」
風呂場の温度が一気に、氷点下に達した瞬間であった。
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