5月17日
私はスケジュール帳片手に石像のように固まっていた。
自分の見違いではないかと思い、もう一度手帳のカレンダーと携帯の日付を照らし合わせる。それらは口を揃えて非情に告げていた。
“5月17日”
私の予定スカスカの手帳の5月のページには唯一、ある予定が書きこまれていた。
“くらもちの誕生日”
「うわぁぁー!どうしようすっかり忘れてたよ!何も用意してない〜!」
私は友達にすがりつき、肩をゆさゆさと揺すった。
「あんたバカだね。彼氏の誕生日忘れるなんて」
「倉持もう来ちゃうよ〜〜!」
友達はあくまでも冷静に私を見下ろす。
ドSな友達の言葉に、私は机を涙で濡らしながら、ない知恵を懸命にふり絞った。とりあえず何かないかと机の中を物色すると、クリアファイルの中に不要なプリントがぎっしり詰まっていた。ペンケースからハサミを取り出し、涙をぬぐって今できる事をとりあえず始めた。
「はよー」
朝練を終えた倉持が登校してきた。倉持が教室に足を踏み入れた瞬間を狙い、私は倉持に向かってあるものを撒いた。
「倉持、お誕生日おめでと〜!」
それらは、ふわりふわりと宙に舞い、倉持の逆立てた髪や制服の肩に落ちる。
「......ハァ?!」
私はニッコリ笑顔でぱちぱちと拍手をする。
それを尻目に倉持は、舞い降りたそれらを手に呆れた顔をしていた。
「あ?なんだコリャ?」
「お、おめでとうの紙吹雪だよ!」
時間がなかったので一つ一つの紙吹雪がかなり大きい。眉をひそめた倉持は、屈み込んでそれらを拾い集めた。
「みょうじ、なまえ......数学。......20点だぁ?!これ昨日返ってきたテストじゃねーか!」
「ちょっと!それはあくまで紙吹雪だから!」
「ヒャハハハ!20点って!」
ぐむむと唇を噛み締め、私は倉持から顔を背けた。罪悪感にかられたのか倉持はすぐに私の顔色をうかがう。
「みょうじ?オイ、悪かったって!」
「............」
私は倉持と目を合わせなかった。意地をはっても仕方ない。元はといえば誕生日を忘れた私が悪いのだ。ただ、私も倉持と一緒で売られたケンカは買っちゃうタチなのだった。
チャイムが鳴り先生が来たので、私たちは無言のまま席に着いた。倉持と私は隣同士なので気まずい事この上ない。ホームルームが終わり、1時間目が始まってからも私は倉持の方を見なかった。
しばらくすると、いきなり倉持は私の机に自分の机をくっつけてきた。そして私の教科書をその真ん中に置く。
何事かと遠慮がちに振り返った周囲のクラスメイトは、これを見て「教科書忘れたんだな」と納得した顔で前へ向き直った。
私は視線だけを倉持の方へ向ける。黒板を見つめる倉持の口がゆっくりと動いた。
『ご・め・ん・な』
音がついていなくても、目が合わなくても、その言葉は私にちゃんと届いた。
私は首を振って返事をする。
その時、私の左手に何かが触れた。私たちはあくまでも前を向いて授業を受けている。隣は、見ない。
そっと握り返すと、マメが潰れて硬くなった手のひらの感触が私の手を包んだ。
この人が生まれた17年前の手のひらの柔らかさを想像する。その時はきっとお餅みたいにふっくらしていたんだろう。この硬さは、この人の努力の証だ。
ずっと握っていると倉持との境目がなくなって、二人で血液まで共有しているような錯覚に陥る。
私たちは顔を黒板に向けたまま、静かに視線だけで微笑みあった。
『お・め・で・と・う』
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