white wishes

 年は暖冬のためか、みぞれにすらなれなかった冷たい雨がアスファルトを黒々と濡らしていた。雨足は弱いものの依然として止む気配はなく、まるで空がさめざめと泣いているような、そんな十二月中旬。
 夕方、受験勉強の合間に肉まんでも食べようと、私はコンビニへ出かけた。その帰り道、あの声が聞こえたのだ。
 このあたりはちょうど野球部の寮の裏手に当たる場所で、細い道を挟んだ反対側にグラウンドを臨むことができる。傘を差してはいたけれど、先ほどより雨足が強まっていたため早く帰りたい。でもなぜか、私はあの声が気になって仕方なかった。しばらく逡巡したのち、私は今にも消え入りそうなあの声に耳を傾けて、その正体を探しはじめた。途切れ途切れの、弱々しく誰かを必死で求めるような声。

「どこ……?」

 あたりを見回すと、ちょうど寮の建物のそばに一人の男子が傘も差さずにしゃがんでいた。ジャージを着ているからきっと野球部員だろう。
 私は地面の濡れた草で滑らないように気をつけながら土手を下りた。

「あれって……」

 伊佐敷くんだ。
 そう認識した途端、私の胸は緊張で高鳴りはじめる。こんなところで会うなんて。
 伊佐敷くんは私の、一年の時からの想い人だ。けれど結局、想いを伝えられないまま三年の冬になってしまった。
 伊佐敷くんは手に白っぽいボロ雑巾みたいなものを抱え、それをためつすがめつ眺めている。私はさらにじっと目を凝らした。すると、ボロ雑巾に見えたそれはどうやら白い子犬のようだった。強面の眉間にシワを寄せた伊佐敷くんは、通常よりも怖さ倍増だったけれど、それは悪意のある表情というより、ただただ困惑しているように見える。それを見て唐突に、私は昔読んだ少女マンガの一コマを思い出した。雨の中、捨て猫を拾うヤンキーそのもの。いや、伊佐敷くんは顔は怖いだけであって、いたって真面目な体育会系だけれど。
 私はこみ上げる笑いをどうにか堪えながら近づいた。

「伊佐敷くん、どうしたの?」

 私の声に反応した伊佐敷くんが振り返る。するとなぜか、ばつの悪そうな表情を浮かべた。

「みょうじか」
「それってもしかして捨て犬?」

 私はそばまで歩み寄り、その手元を覗きこんだ。

「たぶんな。なんか裏から声がすんなぁと思って探したらよぉ、段ボール箱ん中にこいつが入ってた」

 と言いながら子犬を私の方へと向けた。その犬は全体に白い毛並みで、小さな頭部には好奇心旺盛そうな三角形の耳がぴんと立っている。濡れた黒目がちの目は、怯えたように私を見上げていた。

「……あ、このコ……」

 目が合った瞬間。古い記憶の小箱の蓋が、きしりながら開いた気がした。
 ――私、このコ知ってる。

「みょうじ?」
「え、ああ」

 寸前まで出かかった言葉を、だけど飲み込んだ。

「もしかして知ってんのか?」
「ううん、知らない。知らない犬だよ」
「なんだよ……」

 伊佐敷くんは顔を伏せ、目に見えて落胆していた。そのそばには、雨で濡れそぼってくたくたになった段ボール箱。中には白いタオルが敷き詰めてあった。私は伊佐敷くんに傘を差しかけながら、

「ねぇ、そのコどうするの? 明らかに捨て犬、だよね」
「どうするっつったって……あ、お前こいつ飼えねぇか?」
「ムリだよ。うちのお母さんアレルギーだもん」
「そっか」
「でも、ここにいたら絶対風邪引くよね……」
「おう……」

 私たちはしばらく無言で、子犬を眺めていた。まだ生後一ヶ月くらいだろうか。母親を求めているのか、時折くぅんと悲しげに鳴いている。黒目がちの瞳は、泣いているように潤んでいた。このままここに放っておいたらどうなるんだろう。何とかしてやりたいけれど、うちで飼うことはできない。
 でも、その時だった。

「っだーー! くそっ!」

 伊佐敷くんは突然、子犬を小脇に抱えて、空いた手で猛然と頭を掻いた。

「ど、どうしたの?」

 それからピタリとその動きは止まり、強い口調で言い放つ。

「――よし、決めたぞ」
「決めたって、なにが?」
「……こいつの引き取り手を見つける」
「でもそれって難しいんじゃ……」
「わーってるよ! でも目が合っちまったんだ。しょうがねぇだろ」

 伊佐敷くんはフンと鼻を鳴らしてから、段ボールに子犬を入れ持ち上げた。

「こりゃ監督と寮母さんに頼みこむしかねぇな」
「あ、うん、そうだね」
「ヘンなことに巻き込んじまって悪かったな、みょうじ。じゃあまた明日な」
「あ……」

 すっかり雨を吸って濡れたジャージの後姿を送りながら、私は自分でも気づかないうちに、待って、と呼びとめていた。

「あ?」
「あ、えっと……私も手伝っていいかな? このコの貰い手探すの」
「マジかよ。いいのか?」

 うん、と深く頷いて、再び伊佐敷くんと子犬に傘を差しかける。

「いい飼い主見つけてあげようね」
「おう!」

 伊佐敷くんがニカッと笑うと、それに反応したのか子犬も元気よくキャンと鳴いた。
 こうして、私たちの里親探しがはじまったのだった。


 直最初は、めんどくせぇモン拾ったちまったと思った。昔は街中でも野良犬がうろついていることがあったらしいが、俺はあまり見たことがない。捨て猫や捨て犬もそうだ。マンガやドラマでよくそれらを拾うシーンが登場するが、そんなのめったにないだろって思ってた。けど実際に、会ってしまったのだ。
 できることなら関わりたくはなかった。現実問題、犬の里親探しなんて相当難しいはずだ。犬好きの奴だったらすでに飼っているだろうし。でもしょうがない。拾ったもんはしょうがねぇだろ。
 一、二年の練習が引けたあと、俺は監督室の扉をノックした。断られるのは覚悟の上だ。しかし監督は、最初は難色を示したものの、子犬の顔を見ているうちに多少なりとも情が移ったのか、結局、寮で一時的に預かることを許可してくれた。その足で寮母さんの元へ。優しい寮母さんは二つ返事でオッケーしてくれた。
 とりあえずその日は動物病院へ連れて行き、子犬を看てもらってエサとミルクを買った。これで確実に明日発売の少女マンガの新刊は買えなくなったが、仕方ない。これは必要経費だと言い聞かせて、俺は寮へと戻った。
 そして翌日から、俺とみょうじでの里親探しがはじまった。俺が学校に行っている間は、寮母さんや用務員さんが子犬を見てくれるらしい。
 これからの里親探しは大変だが、よかったこともある。あの場にみょうじがいたことだ。俺は以前から、みょうじのことが気になっていたけど、告白する勇気は出ないまま現在に至る。これをキッカケにみょうじともっと距離を縮められたらなんて、俺はそんな不謹慎なことも同時に考えていたのだった。

 昼休み。俺とみょうじは互いの机をくっつけあってポスター作りに取りかかった。

「マジック借りてきたよ」
「おう、サンキュ」

 みょうじは真剣な顔で、紙に向かっていた。普段はニコニコしているみょうじが、珍しく眉間にシワを寄せて何やら考えこんでいる。

「うーん、宣伝文句は何がいいかな」
「あー……、『子犬の里親募集中』とか?」
「うーん、それでもいいけどもっとこう……」

 みょうじはしばらく考え、ノートの白紙のページに『可愛い子犬もらってください』と書いた。

「お、いいんじゃねぇか?」
「そう?」
「なんかこう、欲しくなる気ぃするぜ」
「じゃあこれでいこっか」

 みょうじが紙の上部に先ほどの言葉を下書きしていく。

「ねぇ、伊佐敷くんって絵描ける?」
「絵?」
「子犬のイラスト描いて。私ヘタだし」
「……いや、俺もヘタだからいいわ」
「いいからいいから」

 みょうじが俺にシャーペンを差し出したので仕方なく受け取る。俺は平静を装って、子犬の姿を思い浮かべながらノートの端っこに小さく絵を描いてみた。

「……猫?」
「犬だ! だから嫌だっつったろ!」
「ごめんごめん、個性的でその……可愛い絵だと思うよ」

 みょうじがお腹を抱えながら笑っている。
 くっそ、姉貴みてぇにうまく描けたらよかったのに。

「なにその泥人形」
「うおっ?!」

 突然声がして顔を上げると、そばには笑みを浮かべた亮介が立っていた。

「あ? どっからどう見ても犬じゃねぇか!!」
「俺には泥人形にしか見えないんだけど」
「んだと?!」
「それにしても、スピッツが犬の里親探しなんて随分おもしろいことしてるね」
「あー? 誰がスピッツだコラ」

 俺たちのやりとりを見ていたみょうじがさらに笑い出す。
 それから亮介は、紙を指しながらこともなげに言った。

「ねぇ、それって写真じゃダメなの?」
「「……え?……」」
「そんなヘタな絵より、写真のがわかりやすいじゃん。普通、写真じゃない?」
「そうだよね。うん、そうしよう」
「おう……」

 その日は結局、俺のヘタクソな絵を晒しただけで、みょうじに一つもいいところは見せられずに終わった。
 いや、別に里親が見つかればいいんだけどよ。
 翌日、ポスターは無事に完成し、みょうじと二人で近所に貼りに行くことになった。


 課後。外は身を切るような冷たい風が吹いていた。私は伊佐敷くんと里親募集のポスターを貼るため、街へと繰り出した。昨日、先生に頼んで校内にも貼らせてもらったところだ。早く見つかるといいんだけれど。
 私たちは商店街を歩いていた。街はクリスマスムード一色に染まり、街路樹にはイルミネーション用のランプが設置されている。まだ明るいため点灯はしていないけれど、じきに灯るだろう。
 伊佐敷くんは制服の上に野球部のウインドブレーカーを羽織っている。こうやって二人並んで歩いていると、はたから見ればカップルだろうか。それともただの友達? 私は一瞬、本来の目的を忘れそんなことを妄想してしまった。

「もうすっかり冬って感じだね」
「おう」

 私はコートで覆われた肩を抱き、寒い寒いと口にしながら歩いていた。
 動物病院やスーパーなどを回り、ポスターを貼らせてもらう。残る一枚を床屋さんの店内に貼ったところで、本日の任務は終了。ちょうど近くに公園があったので、ベンチに座り、私たちはそこでひと休みすることにした。冬の日の入りは早く、空には群青色が忍び寄り、すっかり夜の気配を漂わせていた。

「ちょっとそこで待っとけ」
「あ、うん」

 伊佐敷くんは私をベンチに残したまま、公園の出口に向かって歩き出した。どこ行くんだろう。
 しばらく待っていると、二つの缶を手に戻ってきた。

「飲め」
「あっ、ありがとう!」

 伊佐敷くんは私に押し付けるようにカフェオレの缶を差し出し、ベンチにどかりと腰を下ろしてコーヒーを飲みはじめた。

「あったかいね」
「おー」

 ぴゅうっと吹きつける木枯らしも、なんだか今はへっちゃらな気がした。公園には遊具が豊富だったけれど、もう暗いからかあたりに子供の姿はない。冬枯れした木々が寂しそうに枝を揺らしているだけだった。

「里親、はやく見つかるといいね」
「あいつ可愛いツラしてるしすぐ見つかんだろ」

 ニッと笑ってこちらを見たので、私は、うん、と頷いて再びカフェオレに口をつける。

「年末までに見つかんのかなー」
「どーだろーね」
「いや、やる! ぜってぇ見つけてみせる!」

 ギラついた目で宣言する伊佐敷くんは、「やる」というより「殺る」という方がしっくりくるような顔をしていた。でも顔は怖いけれど、人一倍優しい性格だということはちゃんと知っている。
 次第に暮れなずむ空を見上げていると少しせつない気分になり、私はふと、とある昔話をはじめていた。

「私ね、小さい頃すごーく犬が欲しかったの」
「へぇ。まぁ、でも飼えねぇんだったよな」
「うん。だからね、気を利かせた親がクリスマスに犬のぬいぐるみをくれたの。白くてちっちゃくて、耳が三角で目が真っ黒の」
「それって……」
「うん。あのコにそっくりなんだ」

 缶コーヒーを飲み終えた伊佐敷くんが空き缶を自分の隣に置くと、コンッと寂しげな音がした。

「私にとってはもう友達みたいなものでね、どこへ行くのも一緒。買い物にも旅行にも連れて行った。でもある時、なくしちゃったの。キャンプに連れて行った時、川に落としちゃって。流れが早くて結局、見つからなかった……」
「…………」
「ごめんね、高校生にもなって子供みたいなこと言って。ぬいぐるみと本物なんて違うのわかってるのに……。でも、だから絶対にあのコを助けなきゃって思った」

 隣から伊佐敷くんの視線の感じたけれど、気恥ずかしくてそちらを向くことはできなかった。空は次第に夜が侵食してゆき、街灯に明かりが灯りはじめる。私たちはただ、それをぼんやり眺めていた。
 あのコの里親がはやく見つかればいいと願いながら、同時に、見つかってしまったらもうこうやって伊佐敷くんと出かけたりすることはできないのだと、私はとてもひどいことを考えてしまった。


 リスマスまであと数日というある日、俺の元に子犬を飼いたいという連絡がはいった。スーパーに貼ったポスターが功を奏したらしい。また若い夫婦で、犬が好きな娘へのクリスマスプレゼントなんだという。こいつら生き物をモノなかんかと勘違いしてるんじゃねぇかってはじめは疑ったけど、電話越しに話してみるといい人そうで安心した。せっかく子犬を預けるのだから、こっちだって里親を選ぶ権利くらいある。
 みょうじにさっそく話してみると、よかったねと笑ったあと、少しだけ淋しそうにしていた。でも、これでよかったんだ。貰い手がつかないまま年を越すよりずっといい。
 そして子犬の引き渡しは、奇しくも25日のクリスマスの日に決定した。子犬は俺たち二人が責任をもって送り届けることになった。


 25日のクリスマス。学校はすでに冬休みに入っていた。夕方、私たち二人は里親さんの自宅へ行き、無事子犬を送り届けて帰途についていた。空には薄鼠色の重い雲が垂れ込め、吐く息は白く、街は凍えるような寒さに包まれている。
 街では、クリスマスよりずっと前からイルミネーションやツリーが飾られているせいか、もう見慣れてしまっていて、私はそういえば今日が当日なのだとはっとしたくらいだ。
 伊佐敷くんはウインドブレーカーのポケットに手を突っ込み、ネックウォーマーに顔をうずめ、もごもごと呟いた。

「そういや今日、予定よかったのかよ」
「予定?」
「その……クリスマスの予定とか……」
「ああ、家族で夜にケーキ食べるくらいだから大丈夫だよ」
「そっか……」

 伊佐敷くんはそう呟いて黙り込んだ。

「伊佐敷くんこそよかったの?」
「別に。寮ではなんもねーし。あ、でもマネージャーたちがなんか作ってたな。ありゃたぶんケーキだ」
「伊佐敷くんはケーキより肉派でしょ?」
「当然!」

 伊佐敷くんが大声を上げると、真っ白い息が吐き出された。その必死さに思わず笑ってしまう。
 街はすっかりイルミネーションの光で溢れていた。すれ違う人々も、こころなしかカップルが多い気がする。ケーキ屋さんの店先では、サンタクロースの格好をしたお姉さんが元気にケーキを売っていた。
 伊佐敷くんは改まったようにひとつ咳ばらいをして、

「みょうじって大学は関西なんだろ?」
「うん。まぁ、受かるかどうかわかんないけどね」
「俺も大学、関西だぜ」
「みたいだね。野球、続けるんでしょ?」
「おう」

 しばらくの間沈黙が続いたけれど、店先から時折流れるクリスマスソングが二人の隙間を埋めてくれた。クリスマスは楽しいだけじゃなく、少しせつないと思いはじめたのはいつ頃からだろう。そんなことをぼんやり思った。街じゅうが光で、音で溢れるほどに、それは比例して強くなるのだ。
 するとその時突然、伊佐敷くんが立ち止まった。

「みょうじ」
「ん?」
「これ」

 そう言ってリュックから小さな袋を出し、私へと差し出す。それは手のひらに乗るくらいの、クリスマスらしい真っ赤な袋で、口が金色のリボンで結ばれていた。

「これって……」
「いいから開けてみろ」

 そう言ってぷいとそっぽ向いてしまう。
 私は手袋を外し、震える手でそっとリボンを解くと、中から小さな白い犬のマスコットキーホルダーが出てきた。垂れ耳で真っ黒の目。口元でちょろりと舌を出している。

「可愛い……」
「あー、なんか耳立った犬が見つかんなくてよ。あんま似てなくて悪ぃけど……」
「ううん、ありがとう。うれしい……すごく」

 私はマスコットを胸に抱き寄せた。伊佐敷くんの優しさが、ただただうれしかった。けれど喜びに浸るのもつかの間、私は自身の重大な失態に気づく。

「ごめん! 私、伊佐敷くんに何もプレゼント用意してないや。よかったらこれから選びに行かない? たいしたものはあげられないけど、力は尽くします!」

 すると伊佐敷くんはなぜか黙り込んでしまった。もしかしたら私がプレゼントを用意していなかったことを怒っているのかもしれない。
 私はドキドキしながらその顔を覗き込んだ。

「それは……みょうじの答え次第だな」
「……え?……」

 伊佐敷くんの顔が、急に真剣な表情に変わる。

「俺は……」
「…………」
「俺はみょうじが好きだ。卒業してからも、会ってほしい」

 男らしく低い声は、寒くて痛くなった私の耳にもきちんと届いた。
 これだけ寒いにもかかわらず、伊佐敷くんの顔はすぐに真っ赤に染まっていった。けれど私も全身が熱かったから、きっと負けず劣らず真っ赤なはず。
 私は無意識に、目の前のウインドブレーカーの袖を掴んでいた。

「私も……ずっと伊佐敷くんのことが好きだったの。つ、つきあいたい」

 恥ずかしくてその顔は見られなかったけれど、伊佐敷くんがはっと息を飲む気配は伝わった。そしてそのまま、私の手は掴まれ、あっという間にその大きな両手に包まれた。

「……マジ、うれしい」
「……うん」
「これから、その、よろしくな」
「はい……!」

 伊佐敷くんは特大の笑顔を私に向けてくれた。

「そういえばさっき伊佐敷くん、『私の答え次第』って言ったけど、それって……」
「だー! うっせぇな! もうそんなの忘れろ!」
「プレゼントが私なんてお粗末すぎるんじゃ」
「言うな! つーかむしろもったいねぇくらいだ!」

 さすが少女マンガで育った伊佐敷くん。この天然ロマンティック思考に驚きつつ、心は温かい気持ちで満たされていた。
 するとその時。手の甲に、冷たい感触がした。

「……雪?」
「雪だ」

 空からは花びらみたいな雪がふわふわ舞い降りてくる。周りの人々も、突然の雪に一瞬足を止めていた。

「すごい。ホワイトクリスマスだね」
「おお。なんつーか……なんだよ、このベタな展開」
「はは、そうだね」
「ったく、少女マンガかってんだ!」

 伊佐敷くんは照れくささが最高潮に達したのか、それを隠すために吠えていた。でも、そんなところも可愛いらしいと思うのだ。
 繋がった手が恋人繋ぎに変わる頃、いつの間にか胸の中の淋さは溶けてなくなった。
 私は心の中であのコたちに言った。「メリークリスマス」って。




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