たくらみチェイサー

 チーター刑事がスッポンのようにしつこい。

「待てコラァ!!」

 私は息も絶え絶えに円形になった校舎の輪郭を攻める。
 そもそもの間違いは、友達のいない倉持と御幸くんを、気まぐれにいつもの帰宅部の間での遊び・ケイドロに誘ったことだった。部活で忙しい奴らが、まさかこんな子供っぽい遊びに興じるとは思っていなかった。今日はあまりにも天気が良すぎて、私もどうかしてたのだ。
 体力馬鹿の二人は、すぐに私たちの仲間を捕まえてしまった。

 それにしてもしつこい。まだ私以外にも逃げている仲間がいるのに、どうして私に集中して追っかけるのか。

「倉持しつこい!」
「みょうじ!てめぇさっさと捕まりやがれ!」

 同じクラスの倉持は、野球部きっての最速男。周りからはチーターや韋駄天と呼ばれているらしい。

「お前帰宅部のくせに足速すぎ! 運動部入れよ!」
「疲れるから嫌!」

 5月の爽やかな新緑も、今の私にはただの緑色の背景だ。このしつこさに、私は思いあたるふしがあった。

「倉さん、すいません! この前カロリーメイト盗み食いしたのは私です! あの日は出所したばかりでお金もなくお腹が空いていたんです。ほんの出来心です!!」
「あれお前だったのかよ! つーか人のことベテラン刑事みたいに呼ぶんじゃねぇ!!」

 あのことじゃなかったらしい。つまり私は墓穴を掘ってしまったのか。
 後ろで倉持のギアが上がる気配がした。
 まずい、と思った私の目は、中庭に通じる道を捉えた。しめた、と急いで体を滑りこませる。

 中庭には、背の低い横にモジャっと広がった木が植えてあり、私はそれを目隠しに逃げる。数十年前の記念樹らしい。その大層な木の名前は知らないが、何本植えてあるかは熟知している。

「残念だったな倉さん!!」
「はぁ?!」

 トップスピードは倉持が上だが、地理に長けているのは私だ。こまわりがきくのも私。制服が葉っぱに触れるのも気にせず縫うように進む。
 けれど、それでも倉持は速かった。私の小細工などものともせずに、どんどん追い上げる。ロスになるので振り返ってはいないが、木を掠める音でなんとなく距離感がわかる。
 私は野球部のチーター様を少々なめていたようだ。よく考えれば、ノーリードで盗塁できる男子とまともに張り合おうだなんて、やっぱり今日の私はどうかしている。

 そんなことに気を取られていた私は、木の本数を一本読み違えた。勢いのついた足は急には言うことをきかない。この先は池だ、と気付いた時には足が池の周りのブロックにつまづいていた。
 落ちる!と思った瞬間の、奴のトップスピードは凄まじかった。倉持が私の腕をひっぱり、背中を支え、私は間一髪助かった。

「ふ〜〜。助かった。ありがとう」

 奴は私の腕を掴まえたまま、それこそ長年追っていた犯人を捕らえたかのようにニヤリと笑った。

「ヒャハッ!!逮捕だ!!」

 げ、と思ったが時すでに遅し。私は腕を掴まれたまま倉持に連行されてしまう。倉持はこちらに振り向かずどんどん先を歩いていく。
 掴まれた手首が、なんだか照れくさかった。身長は普通の倉持だが、腕まくりした真っ白なシャツからは、日焼けした逞しい腕が伸びている。ああ、男の子なんだなと思った。

 しばらく歩いているうちに異変を感じた。今向かっているのは、私たちが牢屋と設定した場所とは明らかに反対方向だ。

「倉持? こっち牢屋じゃないけど...」
「お前には特別取調べ室だ。ヒャハハ!」

 倉持が振り返らないので表情がわからない。声の雰囲気から、きっと悪魔的な顔でもしているんだろう。一体奴はどこへ連れて行くつもりだ。

「取調べならカツ丼食わせてください倉さん」
「てめぇはまだ食う気か!!」

 別に振りほどいたってよかった。でも私は倉持の背中を見つめながら、それができない理由を自問する。
 辿り着いたのは、ひと気のない校舎の裏手。じめじめしていて、校舎の壁もカビっぽい。ただ、今日は天気が良くて珍しく明るい。
 掴まれた腕は離された。元ヤンにヤキでも入れられるんじゃないかと、私はぐっと身構えた。

「みょうじ、お前に刑を言い渡す」

 倉持がようやく私の方を振り返った。「刑」という言葉がしっくりくるくらい、神妙な表情だ。

「今週末、野球部の練習試合に必ず来ること」
「え?」
「いいから来いよ!」

 倉持の予想外の言葉に、私は呆けたように立ちすくむしかなかった。
 奴は私を一瞥して、再びぷいとあちらを向いてしまう。
 けれど、わずかに見える倉持の耳。それは、こちらが恥ずかしくなってしまうくらい真っ赤だった。真っ白なシャツとのコントラストで、余計に際立っている。

「あはは。......倉持、それ全然刑じゃないよ」

 私はすぅっと息を吸い込んで、覚悟を決めて付け加えた。

「むしろ、うれしい、すごく」

 倉持がゆっくり振り返った。
 校舎裏なのに、今日は天気が良すぎてひどく太陽が射し込んでいる。
 奴が歯を見せて笑うものだから、私は眩しさに顔をしかめる。
 キラキラ、キラキラ。




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