くるぶしい

「いらっしゃいませ」

 店員の低く落ち着いた声が出迎える。オシャレなBGMが流れる店内。整然と洋服が掛けられたラック。挙動不審の私。

 今日は急きょ部活がオフになり、御幸くんが洋服を見たいと言うので、私たちは街へデートに繰り出したのだった。小春日和の今日はデートにもってこいの天気だ。

 ぷらぷらとお店が並ぶ通りを歩いていると、一軒のセレクトショップを発見した。

「ふ〜ん。ここメンズとレディース両方あんだな」

 御幸くんはチノパンのポケットに手を突っ込みながら、ショーウィンドウのディスプレイを眺める。

「ああ、本当だね。あ、あのワンピース可愛いなぁ」
「じゃ、入ってみっか」
「......え」

 御幸くんは私の分も見られるからと思って何気なく決めたのだろう。すでに自動ドアは開いてしまった。
 外装を見て薄々気づいていたが、高校生の私にはちょっと値段もお高めで、なんとなく尻込みするようなお店だ。
 笑顔のお面を張り付けたようなオシャレな男性店員がこちらに顔を向ける。店内の客も、見た感じみんな年上のようだ。
 ば、ば、場違いなんじゃないかこんな高校生風情が......と私はあたふたしたが、御幸くんは特に気にすることなく堂々と商品を見ていた。

「上はジャケットにするかな〜」

 おお、さすが御幸くん!寮内ではみんなただのジャージだが、御幸くんはキャップやニット帽を被ってワンランク差をつけるオシャレさんなのだ!
 私は腹を括って御幸くんの洋服選びに専念しようと決めた。


「あ、このジャケット爽やかでいいんじゃないかな?」

 私は紺色のマリン風のジャケットを手に取る。

「へぇ......うん、いいな」
「御幸くんに似合いそう!」
「じゃあちょっと試着するか」

 それを聞きつけた男性店員がどこからともなくささっと登場した。

「そちらのジャケットでしたら、このパンツでマリンテイストにまとめるのがオススメですよ。よろしければご一緒に」

 店員は抜け目なく白のデニムパンツを広げる。

「えー、下まで着替えんのめんどくせぇなぁ」

 毎日、部活で全身着替えてるくせに何を言っているのだこの男は。

「私見たい!御幸くんの白パンツ見たい!」

 端から聞いたら変態発言のようなこのセリフも、私はその姿見たさに全く気づいてなかった。店員は商品を持って若干苦笑している。

「はいはい、わかったよ」

 御幸くんは仕方ないなぁという風に微笑んで、フィッティングルームへ向かう。

「あ、お客様。今、黒のトップス着てらっしゃいますけど、中は白の方が合いますよ。インナーにこちらのTシャツもどうぞ」

 また店員は、どこからか持ってきた英字がプリントされた白のTシャツを差し出す。また御幸くんがげんなりしそうだったので私は急いで後押しした。

「ほら!これをアンダーだと思えば、いつものことだから!!」
「お前はムチャクチャだなぁ......」

 御幸くんは微妙な表情で商品を受け取ると、鏡の扉をゆっくり閉めた。
 私はわくわくしながら商品を見て待つ。

 あまり待たずに扉がガチャリと開いた。ユニフォームを毎日脱ぎ着しているから着替えが早いんだろう。
 先程、店員がコーディネイトした洋服を見にまとい、御幸くんは颯爽と姿を現した。

「............」
「......なまえ?なんだよ、固まんなよ」

 ......奇跡だ!あまりにも似合いすぎている!私は御幸くんの頭上にファッション誌のタイトルをふって表紙に見立てたいくらいだ。

「御幸くん!すごいカッコイイよ!」
「ははっ、ありがと」
「イケメン!男前!メガネ男子!それから......」
「わかったわかった」

 御幸くんは私の賛辞に呆れながらも、斜め下を向いて、頭をかきながら少し照れている。
 そんな御幸くんも素敵だ!

「お客様。よろしければ外へどうぞ」

 また店員はどこからか、トリコロールの配色のデッキシューズを持って御幸くんの前に置いた。
 御幸くんはちょっと嫌そうだったが、のろのろとシューズを履いてフィッティングルームの外へ出た。
 途端、周りの空気が変わった気がした。女性客からは静かに感嘆の息がもれる。

「お客様、とてもお似合いですよ」

 いつの間にか全身コーディネイトされた御幸くんは、さながら雑誌を抜け出したファッションモデルのようだった。御幸くんのカッコ良さに私はもう世界の中心で御幸くんを叫びたい気分だ。
 御幸は適当に鏡を眺めている。

「うーん、これにするかな」
「うん、いいと思う」

 その時、近くを通った別の男性店員が御幸くんと同じジャケットを着ているのが見えた。その人も似合うけれど、身体が細いので針金がジャケットを着ている感じだ。
 御幸くんは野球で鍛えられた逞しい胸板が、ジャケットの上からでもわかる線をつくり、とてもセクシーな雰囲気だった。足の短い人ならアウトな白いボトムも、すらりとした足の御幸くんにはとてもよく似合う。

「今年はパンツの丈を少し短めにして素足をチラ見せするのが流行ってるんですよ。ああ、お客様お足が長いですね」

 店員は屈みこんで御幸くんのパンツの裾を折る。店員が言った通り、御幸くんは股下が長いのか、折りこむ裾はちょっとだった。

「うんうん御幸くん足長い!」
「そうかぁ?」

 その時、裾から白いくるぶしがちらりと見えた。私は食い入るようにそれを見つめる。いつもはソックスに隠れて全く見えない部分で、日焼けもしていない。
 御幸くんのくるぶしが!寮の人は見飽きているかもしれないが、女子で見たのは私くらいじゃないか。これも彼女の特権かぁと、急にその白いくるぶしが愛おしくなる。
 けれどその時突然、白いくるぶしから白いデニムパンツへじわりと白が広がって、目の前がかすみ始めた。
 ああ、もっと眺めていたいのになぜだろうと不機嫌になる私を、遠くから誰かが呼んでいる。

............

「......っ!」

白いくるぶし......

「なまえっ!!」

 私を呼ぶ大声と、身体を揺さぶる大きな手の感触に、私はハッと目を覚ました。

「んん、くるぶし......」
「はぁ?!何言ってんだ?」

 目を開けると、そこにはユニフォーム姿の御幸くんが呆れた顔で立っていた。ぼんやり下の方へ視線を移す。
 私はどうやら、野球部の見学中に、グラウンド脇のベンチで鞄を抱えこみながら眠ってしまったらしいことがわかった。鞄についたヨダレの地図を、御幸くんにバレないようにそっと腕で隠す。
 外はすっかり日が落ちて、ナイターが灯っていた。

「お前よくこんなとこで寝てられんな。早く来いよ、途中まて送ってやっから」

 困惑した顔の御幸くんを見つめる。
 あ、頭を整理しよう。御幸くんが私の彼氏であることは間違いない。これはけっして夢じゃない。けれど、お店に入って試着したのはただの夢だった。当たり前だ。野球部には夏大のあとと、年末年始くらいしか休みがないのに、あんな風にデートへ行けるわけがない。

「なんだ夢かぁ〜」

 私はため息をついて立ち上がった。

「お前どんな夢見てたんだよ」

 御幸くんが訝しげに私の顔を覗く。

「えーと、私たちがデートしてて、途中でショップに入る。御幸くんが洋服を試着してそれがすごいカッコ良かったっていう夢」
「......ふぅん、そっか」

 少し困ったように御幸くんは足元を見た。

「あ、違うよ!だからってデートに行きたいとかそういうんじゃなくて!夢の中でデートできたんだから儲けものってことで!」

 私は慌てて御幸くんの腕をゆさゆさと揺さぶった。
 そんな私を見下ろして、御幸くんは優しく微笑む。練習後で黒く汚れたユニフォーム。けれど、そんな汗や泥さえ御幸くんを飾る素敵なアクセサリーに見えた。夢の中の御幸くんも確かにカッコ良かった。
 けれど、私はやっぱりーー

「御幸くんはその格好が一番似合うよ!」
「!!」

 御幸くんは一瞬表情が止まり、そのあと照れたように斜め下を向き頭をかいた。
 この仕草!夢で見たやつだ!これぞ以心伝心?いや、違うか。

「ほら!早く行くぞ!」

 御幸くんがぷいと横を向いて歩き出す。
 ちょっと照れてるのかな?
 その時、ふとあの白いくるぶしを思い出した。夢で見た御幸くんの反応が同じなら、きっとくるぶしだって。

「御幸くん!くるぶし見せて!」
「変態かお前は......」

 目をらんらんと輝かせた私とは対照的に、御幸くんはじっとりした視線で私を見つめ返してそのまま歩を進める。

「御幸くん! ちょっと待って〜」
「はっはっはっ! 変態は置いてくか!」

 モデル級の股下から繰り出される歩幅はハンパなくでかい。私は情けなく小走りでその広い背中を追う。





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