わたしを構成するあなた

 純は野球をしている。私は運動オンチ。
 純は少女マンガが好き。私は少年マンガが好き。
 純は強面。私は穏やかな顔をしていると言われる。
 純はよく吠える。私はどちらかと言えば物静かな方だ。

 しんしんと、年月を重ねるごとにただ静かに降り積もっていった私たちの時間。

 私たちはあまり馬が合わない幼馴染だった。生活を共にしたり、同じ年月を過ごした者同士はよく似てくるというけれど、私と純は全く共通する要素がない。影響を与え合わない関係なのだ。
 私は純のシニアの応援によく球場まで駆けつけたが、未だに野球の細かいルールがわかっていない。私のトンチンカンな発言に純はいつも吠えていた。でも、合わないなりに仲はいいと思っていた。

 けれど二年前、あいつは勝手に東京の学校に行くと決めてしまった。神奈川だって野球の強い学校はあるのに。
 私たちは、今まで同じ行動範囲内で同じものを見て育ってきたはずなのに、どこでどう道を違えてしまったのか。しかも全然実家に帰って来ないとくる。夏休みに一回と、年末年始に一回。世の中の単身赴任のお父さんだってもっと帰るだろう。一番最後に会ったのは今年のお正月だ。それ以来約半年、私は純に会っていない。

 しびれを切らした私は七月のとある日曜日、はるばる神奈川から東京の青道高校へやってきた。はるばるという距離ではないけれど、野球に打ち込む純の邪魔になってはいけないと思い、今まで私からは会いに行かなかった。
 そうだ、これは淋しくて会いに来たんじゃない。夏大目前、あいつに活を入れるために来たのだ。



 電車に揺られ、駅から徒歩で少し迷いながらも私は青道高校に辿り着いた。東京もやっぱり暑くて、流れる汗をぬぐう。
 私立の強豪校だけのことはあって、専用のグラウンドが二面もある。部員が多いと聞いていたから、すぐには会えないだろうと覚悟していたが、休憩の時間なのか部員たちがぞろぞろとグラウンドから出てくる。
 私はその集団の中に、ユニフォーム姿でエナメルバッグを斜めがけした懐かしい後ろ姿を発見した。襟足が少し伸びたなぁと思いながらこっそりあとをつける。タイミング良く純が一人になった時を狙った。

「純〜」

 私は後ろから思いきり純のエナメルバッグを引っ張った。こうするとあいつはバランスを崩し、振り返って吠えだす。純の反応がおもしろいので、昔から私はよくこれをやった。

「ああ?!誰だコラァ!!」

 驚いた純が後ろを振り返る。怒り方は以前と変わらなかったが、不思議なことに純はバランスを崩さなかった。

「なまえ?!なんでここにいんだ?!」
「あ、ああ、えっと、純がサボってないか見に来たんだよ〜」

 引っ張る力が足りなかったのかと、私は少し戸惑った。

「テメェ!サボるわけねーだろ!」
「あはは」

 違う。こんなことを言いに来たんじゃないのに。
 よくよく見ると、純の雰囲気が少し変わった気がする。どこが、と言われるとわからない。なんとなく逞しくなったというか、男らしくなったというか。けれど私はすぐに違和感の正体に気がついた。

「純......顎のそれ、何?」
「何って......ヒゲだよ」

 なぜか純は、いたずらを見つけられた子供みたいな顔をした。

「ヒゲ......」

 私は数度まばたきを繰り返して純の顎をじっと見つめる。そうか純にもヒゲは生えるのかと、至極当たり前のことに納得する。けれどやっぱり違和感しかなく、なんだか純じゃないみたいだ。
 なんだろう、この感覚。

「なんか......男のひとみたい......」
「あ?!俺ぁ生まれてこのかたずっと男だっつーの!」
「ねぇ、ちょっと触らせて......」

 私は無意識に純の顎へ手を伸ばした。ふらふらと、宙を漂う私の指先が顎に触れる直前に、純の大きな手が私の手首が掴んだ。

「やめろ」

 真剣な色をたたえた純の瞳と私の瞳がまっすぐにぶつかる。
 その瞬間、私の心の中の何かが、チカチカ光を放ちながら動き出す。私の内側の純の要素は、今までただ静かに降り積もって重なってゆくだけだった。地層のように、ただ堆積するだけのもの。私は何の影響も受けないはずだった。
 触れ合った肌の部分が導火線になって体中を熱が一気に駆け巡る。顔が発火したみたいに熱い。
 私の熱が伝わってしまったのか、純まで日焼けした頬が少し赤い。

「手......」
「あ、おう......」

 思わずこぼれた私の言葉に弾かれたように、純は私の手をはなした。
 私の心は今や地殻変動を起こし、積もり積もった純に関する要素はもうぐちゃぐちゃだ。

「......悪かったな」
「ううん......」

 気まずくなって私たちは互いに下を向いた。けれど、次第に落ち着いてきた心で改めて自分の内側を見ると、それは一度混ぜられて新しく別のものに生まれ変わった気がする。
 そう、今伝えなくては。
 私は純に向かっておずおずと拳を突き出した。

「夏大、がんばってね」
「おう......!」

 拳と拳をコツン、と合わせる。私はまだ少し戸惑いながらも、自分の中の新しい感覚を素直に受け入れた。
 「なまえを甲子園に連れてって!」なんて、どこかの可愛い幼馴染みたいなセリフは言えないけれど、今の私たちにはこれで十分だ。
 不機嫌なのか照れくさいのか、少し歪められた純の口元。でも私はその微妙な角度から、純が本当は不機嫌じゃないのを知っている。
 これも、積もり積もった私の中の純の要素が告げていることなのだ。


企画 ≪はにかむボーイ≫ 様に提出

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