次の島へ向けて船を出し、航海3日目の午後。珍しく海上をゆく笑顔の髑髏を掲げた潜水艦。


「うわあぁぁぁぁ!!」


突然響き渡った叫び声に、倉庫整理をしていたユイとペンギンはビクリと肩を揺らした。高い声だが女性ではない。そもそもこの船に女性はユイしか乗っていないのだ。
となると、声の主はただ一人。

「今の、って…レイか?」
「でしょうね、確実に」
「また船長か……ユイ行っていいぞ」
「ごめんねペンギン。……あんの、馬鹿ぁ!!」

ペンギンが残りの作業を買って出ると、ユイは一言礼を告げ怒声を発しながら倉庫を飛び出していった。

「ユイも本当に苦労するな………」

断続的に続く叫び声と泣き声。大きく聞こえるにつれ、別の男の声も耳に入ってくる。その声にますます憤りを感じながらユイは声の聞こえる甲板へ飛び込んだ。

「何やってるのよ!!!!」
「あ?なんだユイか」
「あっ…お、おかあさぁぁぁん!!」

甲板のど真ん中にごろごろと転がる腕足頭。どれもこれも大人の物より小さく、その小さな生首が、ユイに向かって泣きながら助けを求めている。
側に佇む長刀を携えた船長ローは、ユイの登場をさして気にも留めず、足元に転がるパーツ達を睨み付けた。
ユイはローの態度に完全に憤慨し、全速力で甲板の中央へ駆け出すと、ローの目の前に立ち、すかさず彼に平手打ち。
パンッと乾いた音が響くと同時にローの片側の頬が赤く染まる。

「ってえな…おいユイ!俺に手上げるとはいい度胸じゃねぇか」
「ローこそ、自分の子供バラすなんて何考えてんの!?」
「コイツが俺の言いつけを守らないからだ。クルーは皆平等だろ」
「そんな事言ったってレイはまだ小さいじゃない!」
「小さけりゃ何しても許されんのかよ」
「とにかくすぐに元に戻して!」

言いながら足元でしゃくり上げる手鞠サイズの生首を拾い上げた。
首の主、ローとユイの息子レイはハートの海賊団最年少クルー。と言っても実際クルーと認めて貰えるようになったのはつい最近だが。
ユイの説得で渋々ローが能力を解き、ようやく五体満足な身体に戻ることが出来たレイは、思い切り母に泣きついた。

「うあああっおかあさぁぁん!!」
「大丈夫、もう大丈夫だからね」

ぎゅう、と自分の腰に抱きつくレイの頭をやんわりと撫でてやる。
宥めながら船室へ戻ろうと元来た方へ足を向けると、背後から不機嫌そうなローの声。

「おい、あんまりレイを甘やかすな。まともな男にならねぇぞ」
「力で抑え付ければまともに育つとは限らないわよ」

振り返りもせずそれだけ返すと、わざと荒々しく船室の扉を閉めた。

「お母さん、おれ、お父さんきらい」
「………どうして?」

食堂で温かいココアにゆっくりと口をつけるレイは、聞こえるか聞こえないくらいの声で呟いた。
いつかそんな事を言うのではなかろうかと密かに慄いていたユイは、息子の呟きに動揺を必死に隠し、出来る限り優しく聞き返した。

「だって、おれお父さんに優しくしてもらった事ない」
「それは……」
「敵が来たって自分じゃ全然戦わないし、いばってばっかりで全然カッコよくない」

確かにローは我が子を露骨に愛でるようなタイプではない。それが男の子なら尚更。愛が無いわけではなく、寧ろ溢れんばかりなのだけど。
素直じゃない彼の事。クルーとしての期待度も相俟って、ローのレイへの厳しさは尋常ではなかった。
ただ、この子は一つ勘違いをしている。それだけは訂正せねば、と慎重に口を開いた。

「レイ、それは違…」
「敵襲だぁぁぁ!!!」

ユイの言葉を遮って船内に響き渡った敵襲の合図。ユイとレイが驚き立ち上がると同時に勢いよく開け放たれる扉。

「ユイ、いるか!?」
「ロー!いるよ、大丈夫!」
「レイも一緒だな。そのままお前等援護に回れ!レイ、母さんの傍離れるなよ」
「待って!おれも一緒に…」

後を追おうとするレイに、振り向き様に凍て付いた表情を向けるロー。またレイを傷付ける発言をするのではないかと冷汗を流すユイの耳に届いたのは、意外な言葉だった。

「俺はお前にユイを守れと言ったんだぞ。いいか、これは船長命令だ。ユイに傷の一つでもあってみろ、お前を海に叩き落してやるからな」

一息に言い切るとそのままローは喧騒の中へ姿を消した。その背を見つめる幼い我が子の目は、力強く輝いていて、ユイは“やはり彼には敵わない”と痛感した。
乱暴な口調。無謀とも言える命令。
男同士だから交わすことが許されるのだろうその約束事に、ユイは小さな嫉妬心を胸に微笑んだ。
自船敵船関係なく、あちこちで繰り広げられる乱闘の中、ひっそりと死角から自船の甲板の様子を窺うユイとレイ。

「―――ほらレイ、あれ見て」
「…お父さんが戦ってる…」
「いつも何もしないで威張ってるわけじゃないのよ。ローは船長だもの、誰よりも仲間を信じてるし、大切に思ってる」
「たいせつ…」
「ここぞって時には誰よりも率先して出て行くのよ。どう?あなたのお父さんは―――最高にかっこいいでしょう?」

そう得意気に話す母の顔を驚きの表情で捉えたレイは、続けてその瞳に血塗れ土塗れで戦う父の姿を映した。
ゆっくりと口の端を吊り上げ、父に生き写しのその顔で携えた銃を構え直す。

「――――うん、最高にカッコイイ」




その日から、あなたに背を預けられるようになる事が、おれの夢になったんだ―――。


END


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ネガティヴランナーさんから頂いたお正月フリー小説です。
こんなパパだったら、あたし絶対に1日中抱きついて離しません。
ナナさん、すてきなお話ありがとうございました!

110102 ゆに



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