(現パロー)
ノックをして診察室に入る。ユイはそのまま扉の近くで真剣にカルテに目を通す姿にしばらく見惚れている。すると、ジトリとした表情を向けられた。
「…ユイ、見られるのも悪くないが、何か用事があって来たんじゃないか?」 「あっ、すいません」
赤くなって謝るユイを見て、ローは初めて笑みを見せた。貶されてるようなそれは自分のせいだと理解しているが、気分のいい空気ではない。流れを変えるように、机にカルテを置いた。
「先生、これが最後のカルテになります」 「ああ、悪ィな」
明日退院する患者のカルテをまとめるために、夜勤でもないのに自ら残ると言ったロー。彼を想うあまり自分もと進んで名乗り出たユイだが、別に進展を望んだ訳じゃない。 彼は生粋のプレイボーイだと聞いているし、それはこの病院で働いて嫌と言うほど理解できる。そんな人に好意を抱いた自分に呆れるが、この気持ちは簡単に止まるものではないとユイは自覚していた。
「やっと終わったか」 「お疲れ様です。もう日付変わっちゃいましたね」
うーんと伸びをする仕草は、凄腕の外科医と呼ばれているようには見えない。
「先生って若いですよね」
思わず本音が口から漏れ、ユイが急いで口を手で塞いだ時にはもう遅かった。
「俺が若い?年下のお前に言われてもな」 「えっ、あっその、すいません」 「謝るなよ。悪いことでもねェ」
ローは不敵に笑う姿も似合う。その仕草にほう、と息を飲んだ。
「それじゃあ、お先に」
夜勤の同僚にうらやましい、とじと目で訴えられながら、ユイは仲間より一足先にナースステーションを出る。ローにも一言挨拶してから帰ろうと、診察室をノックした。
「先生、お疲れ様でした」 「あぁ、ユイもお疲れ。わざわざ残ってもらって悪かったな」 「いえ、自分で言ったことなんで」
ローもこれから帰るからか、当たり前だがいつもの見慣れた白衣姿ではなかった。シャツとジーパンと言うシンプルな私服だけど、それをさらっと着こなして似合うのがローだ。 ユイの心臓がドキドキと鼓動を速める。年下の、下っ端の看護師。そんな自分じゃ釣り合わないと自覚しているけど、胸の高鳴りは誤魔化ない。ユイは着ているカーディガンをぎゅうと握りしめた。
「先生っ、」 「ん?」 「あの、あたし……先生、が」
頭で思ったことが口をついて出たのに自分でも驚くユイ。無意識だったけれど、自分の口がその形に動いてしまいそうだった。 好き、言いたいけど言えない。相手にしてもらえないことはわかってるし、何より自分が傷つきたくないと心が言っている。 ユイはパクパクと口を開閉させて、結局息を吐くだけで終わらせてしまった。
「……何でもないです」 「そうか?」 「…はい。失礼します」
呼ぶだけ呼んで何もないなんて、どんなに自分は馬鹿だろう。扉に手をかけてもう去ろうとすると、後ろからローが声をかけた。
「ユイ」 「はい?」 「そういえば、もう日付変わったから今日は土曜日だよな」 「そうですね…?」 「俺は休診だから、飲みに行くか」 「えっ?」
もちろんおごりだ、なんておちゃめな台詞を付け足されたから、緊張がほどけて笑顔になれた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ユイはローの後ろを着いて診察室を後にした。
title by. 誰そ彼
|