真っ白なノートを、真っ黒なペンでぐちゃぐちゃに汚したい。
最初の形がわからなくなっちゃうくらい、なにもかもを壊したい。
そう思うわたしの心は、今日もおだやかだ。

「そういうの、狂気っていうんだろ」
「え、そうかなあ?」

分厚い医学書を読んだまま、ローが言った。
独り言みたいにぽつりぽつり、と自分の考えを話すわたしの言葉に、いちいち返してくれるローは律義だ。
背中にもたれるローの鼓動がとくんとくん、優しく打つ音が聞こえる。
海風で冷えたお互いのシャツが、ふたりの背中を冷やした。

「わかんないのかなぁ、ローは」
「なにが?」

ローが医学書からちらりと顔をあげてこっちを見た。
わかんないんだ、ローは。
わたしはローからの言葉なんていらなくて、ただ背中ごしの鼓動だけあればいいってこと。
だけどその鼓動を聞いてると、なぜか無性に泣けちゃうってこと。

「ううん、なんでもない」

なんだそれ、って笑うと揺れる肩が、わたしに触れた。

「あんま余計なこと 考えんなよ」
「ん」

触れるその肩から、おだやかでも狂気でもなんでもいいから、わたしの気持ちぜんぶローに伝わったらいいのに。

「ま、たまにはいいかもな」

ぱたん、と本の閉じる音が聞こえた次にはもうローと目があってた。

「なにが?」
「だから、そう思うことが」
「そう、かなあ」
「ああ。ユイの弱音くらい受け止めてやるよ」

あまりに自信満々に言うから、ほんとうにいいんだって思えてきて。
普段の自信に満ち溢れるローのふるまいがそう思わせるのかもしれない。

「だから、さみしいならさみしいってちゃんと言え」

な? って頭をぽんぽんと叩かれた。
いつもはあまりしないローの行動に、いまならほんとうに泣けちゃうって思った。

「でも、俺の前だけな」
「……ばか」

もう、目線は医学書に向いたローの背中に、また こてんとわたしの背中をくっつけた。
だけど今度は、冷えたシャツの温度を感じることはなかった。






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