どこを見ても、何をしても人間ばかり。私は人混みが苦手なのに、人混みはそれを分かってくれない。笑った顔、何がそんなに楽しいの?馬鹿みたい。私なんか、どんな顔をしていいかすらわからないのに。本当に、馬鹿みたい。


「教室、入らないのか?」


源田幸次郎は私に声をかけた。馬鹿みたい。私なんか放っておけばいいのに。彼はこんなふうに気が利くから、女の子に人気なんだなぁと理解した。


「…もうすぐ、ホームルームが始まるが」


心配そうに眉を下げて、彼は私に手を差し延べた。大きい手。あったかそうだ。でもこの手を取ったら、きっと目の敵にされてしまう。馬鹿みたい。女って面倒くさい。私が躊躇っていると、彼はにこりと微笑んだ。


「悪い。いつもの癖で手を出してしまった。異性の手を握るなんて出来ないよな。俺が浅はかだった」

「………いや、」

「うん、わかってる。お前は人間が苦手なんだな。…俺も怖いからわかるよ。なんだか沢山の中に入ると、自分も画一化されてしまいそうでさ。顔、顔、顔。なんでこいつらはこんなに幸せそうなんだろうなって思わないか?俺なんか、いつも思ってる」


驚いた。おおらかそうな彼がそんなことを思っていたなんて。もしかしたら彼は、私を気遣って嘘を付いていたのかもしれない。


「わ、私は…」

「俺はな、いつも思っているよ。この世界で一人だけ、たった一人だけ輝いているとしたら、それはお前だって。俺にはお前がキラキラして見える。お前は自分のことだから、見えないだけなんだ」


そう彼は言うと、私の否定なんか聞かずに手を引っ張った。教室の扉をくぐるとき、向かいの窓から陽が射して。私には彼が眩しく見えた。





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