話が面白くない人間っていうのはどこにでもいるものだ。そういった人間は、あからさまに嫌われるでもなく、避けられるでもなく、ただそこに居て、普通に過ごして、煙たがれることはない。なぜか。周りの人間が面白くないと知りながら、面倒だから言わないとか、面白くないだけで、別段害があるわけではないから放っておいているとか。俺はどちらだとも思う。そしてそんな人間が現在、目の前にいた。


「源田です、…よろしく」


愛想笑いを浮かべ周りを見ると、キラキラした目が6つほど俺を見ていた。それに気づいていないフリをして、俺は席に着く。それと同時に隣のやつが立ち上がって、やけに大きな声で自己紹介を始めた。そう、これは男4人、女4人の、いわゆる合同コンパ。大学の仲間が誘ってくるから、俺が参加したものだ。集まった女は、様々な香水をつけて、光るまつげを上下させ、胸の辺りを大きく開いた服を恥じらいもなく着ているような女。俺には眼球が大きすぎて、化け物のように見えたが、仲間が言うには上玉なのだそうだ。それでも俺に懸命に媚びを売ってくる姿は、必死すぎて、見ていて愉快だった。


「ねえ、くらこ。次、あんたの番だよ」

「あ、っはい、…はい…」


そんな女が急かして立たせたのは、黒髪の大人しめ女子だった。端に座っているので、俺からは一番遠い席。それもあってか、立ち上がったときにやっと顔が確認できた。ああでも違う。話し方から、服装、醸し出す雰囲気まで完璧に場違いだ。ああ、かわいそうに。彼女たちの引き立て役で連れてこられたのが容易に予想できる。現に、俺の前に座る女が「あのこ暗いからくらこなの」と嬉しそうに耳打ちしてきた。その時は苦笑いで済ませたものの、俺はある程度場が盛り上がってきたところで、すかさず彼女の前に席を移動した。


「くらこさん、飲んでる?」

「へ?…ひ、ひゃっ…!!」

「はは、そんなに驚かないで」


彼女は驚いて、飲んでいたカシスオレンジを俺の手にこぼした。俺はその様子を見て、本当にこの場の人数会わせに連れてこられただけなのだと確信する。ああ、かわいそうに。それ以降、俺は彼女以外に話しかけなくなった。他の女は不満そうに声を漏らしたが、俺が無視していると、優しいのねとか、変わったこが好みなのねとか、プラスの評価に変化していたようだ。


「ねえ、くらこさんは猫が好きなんだ?」

「え、あ、う、うん…か、飼ってる…うちで…」

「へえー」


俺は彼女が猫のストラップをしていることをめざとく見つけ、その話題を振った。案の定、正解。彼女はさっきとは比べ物にならないほどに饒舌に語りだした。猫との出会い、えさやり、怪我をしたこと、彼女を連れてきたこと、一緒に寝ていること、取り留めのない話題。んー…、なんて面白くないんだ。オチもなければ、盛り上がりもない。彼女は話が面白くない人間の代表のよう。しかも乗せたらこっちの反応なんてまるで無視して、話をやめないところなんて、定番過ぎる。俺はそれでも話を聞いているふうを装って、相づちを欠かさなかった。


「じゃあ、今日はここまでにしようか」


しばらくして、幹事の男がそう言うと、みんな帰る準備を始めた。俺の友達は、その頃にはいい感じに仲良くなった女がいるらしく、お持ち帰りする算段らしい。意味深に笑いかけられたので、俺は先に帰るよと目配せした。けれど、いよいよ帰るぞというときになって、先に外に出ていた友達がいやーな顔をして戻ってきた。その両肩は濡れて、色が変わっている。


「最悪、雨降ってきた」

「うわー、マジかよ」


どうするどうする、なんて困っている素振りをしているが、内心ほくそ笑んでいるのだろう。これでタクシーでホテルに直行する理由が出来た。俺は家も近いし、ということで歩いて帰ることになった。その後ろには彼女もいる。俺はケータイで駅まで傘を持ってきてほしいとメールすると、彼女に向かって振り向いた。


「…あ、ああ、あの、源田さん、こっこれ…」


予想通り、折りたたみ傘を差し出す彼女。鞄に入っていたのはチェック済みだ。俺は微笑んで、駅まで送っていくよと約束する。彼女は見たことないくらい顔を真っ赤にして笑っていた。










「…着いたな」

「う、うん…」

「傘、ありがとう」

「わ、私こそ、お、送ってもらっちゃって…」


相変わらずどもる彼女をよそに、俺は傘を畳もうとした。


「あ、っあ、源田くん」


そしたら彼女が俺の手に手を重ね、その動作を止めさせる。


「ん?」

「あ、あの…ぬ、濡れちゃうからっ、つ、使って!」

「え?」


そういうこと。優しいな、なんて思いながら、傘を持ってきてもらっている旨を伝えた。そしたらそれまで一緒にいると、やけに積極的になっているようだった。俺はきっとすぐ着くと思うけどなあと、内心笑っていた。


「…あ、あのね、源田くん…、げ、源田くんて下の名前、こ、幸次郎っていうんだよね?」

「ん?…ああ、そうだな」

「あの、ね?…よ、よかったら、幸次郎くんて呼んでもいい?私、男の人にこんなにも優しくしてもらったの初めてだから、う、うれしくて…。でね、わ、私のことも…し、下の名前で、よ、呼んでほしいの。わ、私の名前は…」

「幸次郎!!!」


そんな彼女のいたいけな頼み事を遮ったのは、ヒステリック気味な女性の声だった。聞き覚えのあるその声、そう、なまえだ。彼女は差している傘の柄が震えるほどに強く握り、俺のために持って来てくれたであろう紺の傘を道路に叩き付ける。次に顔を上げたときには、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。それはそうだろう、自分の彼氏である男が"また"、浮気をしたのだから。俺は思い通りに事が進んで、心の中で喜びながら女を見た。


「ごめんな、俺、自分の彼女以外に名前を呼ばせたくないし、呼びたくないんだ」


何が起こったか分からず、放心状態の女の手に無理矢理傘を握らせると、俺はなまえに向かって歩き出した。しかし、なまえは俺を睨みつけ、拒絶する。もはやその目には憎しみすら宿っていた。始めは信じられないというような、疑心のみだったのに。


「なまえ」

「…近づかないで。もう許せないよ」

「どうしてそんなことを言うんだ?いつもみたいにしてくれないか」


暴れる彼女の唇に、無理矢理に口づけした。口の中は甘い味なんかせずに、すぐに鉄の味になる。ああ、かわいそうに。俺を信じられなくなっているんだな。好きなのに、愛しているのに、俺はすぐに浮気する。彼女はその罪の重さじゃなく、回数に心を痛めているんだ。俺は分かっていながら、彼女の嫌がることをする。そんな俺たちを見つめている女を見ると、俺じゃなくて、なまえを睨みつけていた。ああ。かわいそうに。悪いのはなまえじゃないのに。

ああ、かわいそうに。

ああ、かわいそうに。










でも、そんなお前の顔に、俺は興奮するんだ。










だからもっと良く見せてくれ。俺は女に何の挨拶もせず、なまえを追いかけた。
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