源田幸次郎。帝国学園の正ゴールキーパーであり、その実力から王の名を欲しいままにしている人物。彼を慕う人々は男女問わずにおり、覚えてもらいたい一心で猛烈なアタックをする者もいれば、私のようにただ見つめていることしかできない者もいる。同じクラスで隣の席という関係だとしても、私など彼の記憶中枢のどこにも存在してはいないだろう。まして私は、彼がしてくれる挨拶すら、まともに返せない。これでは嫌われる一方だ。今日もまた、後悔をしながら帰路についた。バスに乗り、いつもと同じ席に腰掛け、俯く。相変わらずに面白みのない一日を終えたのだ。


「じゃあな、源田!」

「あぁ」


ふと、聞き覚えのある声に目が覚めた。佐久間くんと、源田くんの声だったような気がする。気になって振り向こうとしたけれど、大きな影が身を包んだのを感じて急いで俯いた。気配でわかる。源田くんが私のそばに立っているのだ。バスの車内は狭いし、人が多いから仕方のないことだろう。なんだか申し訳なくて、縮こまった。


(源田くん…)


席を譲りたいなんて思うけれど、その行為は不自然極まりないはず。それにまず、私は彼に話し掛けられないのだった。情けなくて、うなだれて。そんな中でも少しだけ、少しだけいつもより彼を近くで見たいと思い、窓を見た。そこにうっすら映る彼は吊り革につかまり、静かに目をつむっていて。疲れているのだろうな。ふと、そんな言葉が頭を過ぎり、可笑しくて笑いそうになった。私なんか、何も知らないくせに。…むなしくて、かなしくて。切なくなって、曇りガラスに手を伸ばした。きゅうきゅうと指を動かすたびに窓が鳴き、跡を残す。私はにこりと笑う顔を描いて、丸で囲んだ。そこからハートを出してみたりして、これが源田くんに届けばいいのになんて、思ったりした。でも所詮、思ったことは思ったことでしかない。何も変わることのないまま、バスは私が降りる停留所に着いた。するりと彼のわきを通り抜け、バスを降りる。辺りはすでに薄暗く、明るいバスの車内はよく見えた。


(さよなら、言えなかったな)


近づけるのなら、近づきたいとは思う。けれど傷つくのも、傷つけるのも怖い。ならば、ずっとこのままで。ただ想っていていいですか。ぎゅっと握り絞められたように心臓が痛くて、下唇を噛んで我慢した。そんな心とは裏腹に、バスの車内はふんわりと温かそうに見えて。源田くんは私が座っていた席、つまり今立っている場所から見える位置に座っていた。窓には私が描いた絵が………、あれ。


(なにか違う…)


私は不思議に思い目を凝らした。丸で囲んだだけの顔だったのに、今は周りに不格好な刺々しい線を纏っている。あんなものは描いていないのにと見つめていると、窓の奥の瞳と目が合った。その瞳は優しく微笑んでいて、どきりと心臓が高鳴る。源田くんは絵の描いていない窓を手で擦り、曇りを除く。そうして口の動きだけでこう言ったのだ。





さようなら。





とっさのことに驚いて、目をぱちくりさせていると、バスが再び動き出した。頭の中がぐちゃぐちゃで、何も判断がつかなかったけれど、これだけは言わなければと言葉を紡ぐ。きっと聞こえていないだろうけれど。彼は嬉しそうに頷いた。




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