俺は怪我をした。

たいしたことはない。自分の責任で負った怪我だ。そう、自分の心が弱かったから負った怪我。それなのに、帝国や雷門の皆、そして鬼道や佐久間に迷惑や心配をかけてしまったことが1番に悔やまれる。不動を恨んでなどいない。ただ疎ましいというべきは、己の心だ。本当に俺は馬鹿だった。

普段は隣のベッドで眠る佐久間やお見舞いに来てくれる皆と話していて嫌なことも忘れられるのだが、どうも一人になると弱い。佐久間はさっきから昼寝をしていて起きないし、昼はお見舞いもない。一人になると涙がこぼれる。情けないことに、不安で仕方ないのだ。

俺は本当に鬼道を憎んでいたのか。帝国を裏切ったと本気で思っていたのか。いや違う。あいつは雷門に渡る前、俺に相談をしにきてくれたじゃないか。それに1番つらいのはあいつだったはずだ。目の前で仲間が倒れていくのに、自分は何もできない。結果自分だけが生き残ってしまった。どれだけ自分を責めたか。どれだけ悔しい思いをしたか。俺があいつの立場だったら、きっと心を砕かれていただろう。


「………」


俺は立ち上がって外を見た。幸いなことに佐久間と違って足には怪我をしていなかったので、自由に歩き回れる。そのため、よくジュースや雑誌を買うため走らされるが、佐久間は足に怪我を負ってまだ歩けない状態なので面倒だとも思わない。むしろ無邪気な顔で俺にお使いを頼んだ後、俺が見ていないと思って悲しげな顔をしているのを俺は知っていたから、なんにも考えていないふりをしているのだ。

ふと、部屋の窓から外を見た。向かい側には病棟の窓、下には中庭が広がっている。高い階の病室だから窓は完全に開きはしないが、通風のためのすき間から風の香りがした。


「ん…」


しばらくそうしていたら、向かいの窓に人影が映った。ぼんやり眺めていると、カーテンが開けられ、中から女の子が顔を出す。とはいっても、俺たちくらいの年頃だろうか。彼女はごそごそと何かを取り出すと、口にくわえていた。数秒もすると、女の子のいたところから、無数の円が飛んでいく。あれは、きっとシャボン玉だ。

女の子は風に乗って真横へ下へ飛んでいくシャボン玉を見つめていた。俯いていて、楽しいかすら分からないが、俺はどこか憂いを感じた。そうだ、見た感じ彼女は楽しそうではない。どこか…、どこか悲しげだ。


「………」


シャボン玉が割れてしまうのが悲しいのだろうか。シャボン玉が膨らまないのが悲しいのだろうか。彼女は俯いて、ひたすらシャボン玉を生み出した。

俺はなぜかそこから目を離すことができなくなっていた。彼女が、悲しいのにシャボン玉を吹きつづける理由が知りたいと思った。身を乗り出して、彼女の表情をよく見ようと思ったとき、ふっと風が止む。すると彼女の吹いていたシャボン玉は真横や下ではなく、上へ上へと昇っていった。俺があっと思う暇も無く、彼女はシャボン玉を追って上を見上げる。そして上へと昇るシャボン玉を見て、笑った。初めて、彼女は楽しそうに笑ったのだ。よかった。俺は何故だかとても嬉しくなって、笑えてきた。その時、彼女と目が合った気がしたが、きっと気のせいだろう。


「源田、何やってんだ?」


佐久間の声だ。どうやら佐久間が起きたらしい。俺は見たことは胸にしまっておくことにして、なんでもないと言った。次に見た時には彼女の姿は見えなかったし、とても不思議な出来事だった。





でも、ちょっと元気になれた。シャボン玉のように弱くて儚いものでも、人を元気づけてやれる。あんなふうに楽しませてやれるんだ。それなら俺だって頑張ればどうにでもなれるはず。あの時の彼女の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。シャボン玉に囲まれる彼女は、とても綺麗に見えた。




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