「昔、犬を飼っていてな…」 彼は唐突に話し出した。その目はどこか遠くの方を見つめていて、思い出に浸っている様子。邪魔するのもなんだしな、私はそう思って黙っていた。 「とても大切にしていた」 「…源田君らしいね」 「…そうか?…でもあいつは交通事故で死んだ」 「…それは、気の毒に」 さぞかし辛かったろう。源田幸次郎という人はそういう男だ。とても優しくて、周りに気を使う。自分よりも他人を大切にする人。それこそがキングと呼ばれる由縁だろうが。 「…次に猫を飼ったんだ」 「へぇ、猫いいなぁ。可愛がってあげたんでしょ?その犬の分まで」 「あぁ、そのつもりだった。…だがその猫は、冬の日の下水に落ちて死んだ」 「…それは、残念だったね」 大切なものほど、早くに無くす。なんと彼は不運な人なのだろうか。こんなにも純粋で、心優しい人間にも罰を与えるのが今の世ならば、無情というべきなのだろう。 「…その次に、鼠を飼った」 「ハムスターね」 「…それだ。そいつは…」 「死んだの?」 「いや、逃げた」 そうか…よかった、なんて少し安心している自分がいた。彼のことだ、逃げ出したがっているハムスターのことを放っておけなかったのだろう。本当に他人に甘い…。でも優しいことは罪じゃない。 「…だが、数週間たった日、掃除をしていたら、餓死しているのを見つけた」 「………」 私はかける言葉すら失った。これほど自分の語学力の無さを恨めしく思ったことはない。そっと彼を見ると、まだどこかを見つめていた。 「でな、なまえ…」 「…え?」 「俺は気がついたんだ」 いつの間にか私を見ていた彼は、にこりと微笑んだ。その笑顔が酷く病的に見えて、目を疑う。きっと彼の背にある月がそうさせているのだろう。それとも本当に…。 大切なものほど檻にしまっておかないと駄目なんだよ。 彼に握られた右手が、痛かった。 → |