源田くんが入院してからというもの、私は毎日病院に通いつめていた。迷惑だということはわかっている。でも体が勝手に向かってしまうのだ。一昨日も、昨日も、今日も。迷惑というより、気味悪がられているかもしれない。それでも、彼の笑顔を見ると、心があったかくなって。辛いことも忘れられるんだって、思っていた。だから今日も病室へ向かう。いつも通りの道順で、いつも通り病室を数えながら。…1…2…3…4、…ここだ。いつも通り病室に入れば、いつも通り彼が笑っている…はずなのに。そこには非日常的な要素が立っていた。


「やぁ!」

「………だれ」


爽やかというかなんというか。二本の指をおでこにあて、宙を弾くような動作をする知らない男が立ちはだかっていて、病室の扉を開けることが出来なかった。


「だーれだ?」

「知らない、どいて」

「つれないなぁ。俺は、いち…」

「興味ない、どいて」

「ふふ…やっぱり、思った通りの子だ」


彼はオーバーなリアクションをしたあとに、ぎゅっと私の手を取った。彼の急な行動に、とっさに振り払うしかなく。その隙に抱き着かれるのを阻止することが出来なかった。


「ちょっと、セクハラ。放して」

「んー…?」

「放してって言ってるでしょ」

「…怖い?」

「え?」


私が訝しげに聞くと、彼は腕の力を強めて耳元で囁いた。


「本当は怖いんだよね?この源田っていう人に嫌われるのが…。でも解っていながらそれ以上に君は彼が心配なんだ、だから毎日来てるんだよね?自分のためと偽って、彼のために。それが正しいことかすら、わからずにさ…」

「なにを…」

「わかるよ。俺、君のことを毎日見てた。あぁストーカーじゃなくて、定期検診に来てるからよく見るだけだから。…で、その時の君の顔、不安で一杯だった。壊れそうだった。どう思われてもいいなんて嘘だ。君は怖がっている」


思ったよりも強い力で抱きしめられ、痛い。苦しくて彼のてのひらに爪を立てると、彼はにこりと笑った。





俺なら君をそんな気持ちにさせはしない。





彼の笑顔が眩しかった。


























「今日はずいぶんと遅かったな」

「あ、うん…」

「来ないのかと…、思った」


外で会った彼は一之瀬という名前らしい。彼の言葉は私の胸に深く突き刺さっていた。そしてそれによって、源田くんの言葉すら疑うようになってしまった。今の言葉だって、どんな意図が隠されているかわからない。もしかしたら、来なくても良かったのにと遠回しに宣言しているのかもしれない。
…そう、考え出したらきりがない。今までの優しい源田くんが崩れていく。それを崩したのは私。私が迷惑をかけたから、私が彼の時間を奪ったから。嫌われるのも当然。だから今日で最後にしようと思った。さようなら源田くん。さようなら。…私は勝手過ぎる人間だった。


「なまえ」


ぐるぐると回る思考の海から私を拾いあげたのは、目の前の彼。その彼はベッドの上に腰掛けて、私をじっと見つめていた。その瞳の力に気圧され、つい下を向く。


「…俺が、怖いのか?」


その問いにハッとして顔をあげると、彼はまだ私を見つめていた。心の中で一之瀬くんの言葉がフラッシュバックする。


「その、話…聞こえてきたんだ。お前は俺が怖いのか?…だから毎日来てくれていたのか?俺が怖いから…」


彼はたどたどしく話していた。悲しげな寂しげな、そんな表情で。ぎゅっと握られた彼の拳が震えていた。


「解ってたんだ、お前にとって迷惑だって…。それでも、お前の笑顔を見ると、心があったかくなって。辛いことも忘れられるんだって、思ってた」





君だけが俺をこんな気持ちにさせてくれる。





だから見捨てないでくれなんて、私は何を信じればいいの。




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