1 源田くんが入院してからというもの、私は毎日病院に通いつめていた。迷惑だということはわかっている。でも体が勝手に向かってしまうのだ。一昨日も、昨日も、今日も。迷惑というより、気味悪がられているかもしれない。それでも、彼の笑顔を見ると、心があったかくなって。辛いことも忘れられるんだって、思っていた。だから今日も病室へ向かう。いつも通りの道順で、いつも通り病室を数えながら。…1…2…3…4、…ここだ。いつも通り病室に入れば、いつも通り彼が笑っている…はずなのに。そこには非日常的な要素が立っていた。 「やぁ!」 「………だれ」 爽やかというかなんというか。二本の指をおでこにあて、宙を弾くような動作をする知らない男が立ちはだかっていて、病室の扉を開けることが出来なかった。 「だーれだ?」 「知らない、どいて」 「つれないなぁ。俺は、いち…」 「興味ない、どいて」 「ふふ…やっぱり、思った通りの子だ」 彼はオーバーなリアクションをしたあとに、ぎゅっと私の手を取った。彼の急な行動に、とっさに振り払うしかなく。その隙に抱き着かれるのを阻止することが出来なかった。 「ちょっと、セクハラ。放して」 「んー…?」 「放してって言ってるでしょ」 「…怖い?」 「え?」 私が訝しげに聞くと、彼は腕の力を強めて耳元で囁いた。 「本当は怖いんだよね?この源田っていう人に嫌われるのが…。でも解っていながらそれ以上に君は彼が心配なんだ、だから毎日来てるんだよね?自分のためと偽って、彼のために。それが正しいことかすら、わからずにさ…」 「なにを…」 「わかるよ。俺、君のことを毎日見てた。あぁストーカーじゃなくて、定期検診に来てるからよく見るだけだから。…で、その時の君の顔、不安で一杯だった。壊れそうだった。どう思われてもいいなんて嘘だ。君は怖がっている」 思ったよりも強い力で抱きしめられ、痛い。苦しくて彼のてのひらに爪を立てると、彼はにこりと笑った。 俺なら君をそんな気持ちにさせはしない。 彼の笑顔が眩しかった。 2 「今日はずいぶんと遅かったな」 「あ、うん…」 「来ないのかと…、思った」 外で会った彼は一之瀬という名前らしい。彼の言葉は私の胸に深く突き刺さっていた。そしてそれによって、源田くんの言葉すら疑うようになってしまった。今の言葉だって、どんな意図が隠されているかわからない。もしかしたら、来なくても良かったのにと遠回しに宣言しているのかもしれない。 …そう、考え出したらきりがない。今までの優しい源田くんが崩れていく。それを崩したのは私。私が迷惑をかけたから、私が彼の時間を奪ったから。嫌われるのも当然。だから今日で最後にしようと思った。さようなら源田くん。さようなら。…私は勝手過ぎる人間だった。 「なまえ」 ぐるぐると回る思考の海から私を拾いあげたのは、目の前の彼。その彼はベッドの上に腰掛けて、私をじっと見つめていた。その瞳の力に気圧され、つい下を向く。 「…俺が、怖いのか?」 その問いにハッとして顔をあげると、彼はまだ私を見つめていた。心の中で一之瀬くんの言葉がフラッシュバックする。 「その、話…聞こえてきたんだ。お前は俺が怖いのか?…だから毎日来てくれていたのか?俺が怖いから…」 彼はたどたどしく話していた。悲しげな寂しげな、そんな表情で。ぎゅっと握られた彼の拳が震えていた。 「解ってたんだ、お前にとって迷惑だって…。それでも、お前の笑顔を見ると、心があったかくなって。辛いことも忘れられるんだって、思ってた」 君だけが俺をこんな気持ちにさせてくれる。 だから見捨てないでくれなんて、私は何を信じればいいの。 → |