「先生、少し…いいですか」

「どうしたの?」


放課後の教室は、とても静まりかえっていた。人がいないわけではない。生徒は皆、部活動にいってしまったのだ。あの子たちにとって、サッカー部の活動は権利ではなく、義務となり。勉学に励むための中学校というよりは、サッカーをするための中学校だった。そんなところに赴任させられた私は、正直気が滅入っていた。授業中、あからさまに音楽を聴かれても、不良のような恰好をされても、過度なアクセサリーをつけられても、彼らが帝国サッカー部のスタメンだから、といった理由で許される。キャプテンにいたっては、授業が一秒でも延びようものなら「先生、時間です。失礼します」と宣言して、他のメンバーを連れて出ていってしまうのだ。残された私は、悲しいような淋しいような気分になるしかない。とんでもない中学校だと思っていた。



そんな私がこれまで続けてこれたのは、「先生、授業を続けてください」と声をかけてくれる生徒がいたからかもしれない。その一人が彼、源田幸次郎くん。真面目で聡明で、やけに大人びた生徒。数少ない、真摯に授業を聞く生徒だったから、記憶に残っていた。その彼が私に相談をしたいらしい。立場上、贔屓をして過保護にするわけにはいかなかったけれど、今まで支えてくれたお礼(本人は意識しているはずはない)として、精一杯力になろうと思った。


「先生、俺…」


源田くんは苦しそうな表情で、しぼり出すように呟いた。しばらく黙ってみていると、左胸のあたりに手をあてて涙を流し始めてしまった。


「大丈夫?」

「大丈夫、です」

「辛いの?」

「いいえ。でも…」





先生を見ていると、ここがずきずきと痛むんです。





これって病気ですか?
彼の目はいつになく真剣で、私の心に深く濃く焼き付いた。





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