*注意-嘔吐




「お前を見ているとぶれそうになる」


君はいつもその言葉を呟いた。ぶれる。その言葉は彼のなかでしか意味を成さず。私のような第三者が聞いても、まったく理解できないものだった。さらにいうのならば、彼はその言葉を険しい顔で呟くのだ。いつもいつも。苦いような、怨みがましいような、そんな表情。だから私はその言葉が嫌いで、聞こえないふりをしていた。でも今日は駄目だった。彼が吐いたからだ。朝ごはんは流石に消化されかけだろうから、これはお昼ごはんだろうか。そんな感じで冷静に他人の吐瀉物を分析する私は、端から見たら冷徹な人間か変人にでも分類されてしまうだろう。でも本当は違う。ただ驚いて、足がすくんで、怖かっただけ。動けなかっただけ。あんなに強い彼が、こんなにも脆かったから。


「源田くん、その…」

「止めて…くれ…」


彼はまた吐いた。異臭、そして特有の音。私は目をつむった。なぜだか、汚さも生理的悪寒も感じない。次に目を開けたときには嫌がる彼をぐいぐい押して、男子トイレに連れていくことができた。誰もいないそこで彼にうがいをさせ、手洗いをさせ、汚れを洗い流す。心を洗い流すことは出来ないんだろうなぁと悲しくなりながら。


「ねぇ、源田くん」

「…なん、だ」

「君は私が嫌いかい」

「………」

「嫌い、かい?」

「…わからない」

「じゃあ、なぜ…」

「なぜ、か…」

「あぁ、聞かせて欲しい。…直せるところがあるかもしれない」

「…いや、悪いのは…俺だけだ」


彼は私をぐい、と引っ張り、個室に押し込んだ。そしてそこで長い長いキスをされる。水を触ったばかりの彼の頬と唇は湿っていて、やけに冷たかった。唇が離れるころには、彼はまたあの表情をしていて。静かに話し出した。


「お前を見てると自分が自分でなくなるような感じになって、こんなふうにいつもはしないようなことをしたくなる。その感覚を抑えようとすればするほど、気持ち悪くなって。心臓が痛くなって。だからそれに従いたいけど、俺はお前が大好きだから傷つけたくなくって。でもやっぱり我慢すると気持ち悪くなる。だから、」





こんなにも俺はぶれてしまう。





彼は首筋に歯をたて、キスをした。




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