あなたが、口づけより深い。なんていうから。


あなたが、性交渉より甘い。なんていうから。


どんなものかと気になった。興味?関心?…どれでもない。ただ暇だった。そう、暇だったから、あなたの遊びに付き合って。暇だったから、あなた自身と付き合った。それは私の中のからっぽに、少しだけ重みをくれる結果になり。いつしか本当に幸せだと思うようになった。
そんなあなたは今、私の腕を捲り、鋭い針を向けている。注射は苦手だったけれど、あなたがしてくれるなら、きっと痛くはないのだろう。
どうしてそこまで信じるのか。彼は私に聞いた。そんなこと、私にだって分からない。彼の手は小刻みに震え、注射なんて打てそうになかった。それが薬のせいなのか、それとも彼のせいなのか。私にはそれすら分からないのだ。
今更どうして躊躇うの。
躊躇うのなら、どうして。甘いから、深いからなんて、上辺だけの言葉で誘ったのだろう。言うなれば、あなたもきっと興味があった。関心を向けた。…でも、今になって後悔をしているんだね。
彼の手に自身の手を重ねると、彼はびくりと体を震わせた。そのまま目線を移すと映る、彼のひじ裏の真っ赤な傷痕たち。いくつも、いくつも刺した痕があった。それを見ると、彼はもう、こっちには帰ってこられないのかな。それとも、戻る気がないのかな。なんて考えてしまう。
はじめはあんなに、軽かったのに。はじめはあんなに、無下にしたのに。
私の中に。彼の中に。大きな、大きな塊が出来た。無くしたくないと思えるものができた。それに気がついた瞬間、彼は注射器を床に落とし、肘を付いて泣き出す。その姿は、痛々しい傷痕を隠すようにも見え、庇うようにも見えた。


「明王…」


手を伸ばしても、彼は縋り付くようなことはしなかった。ただ下へ向けて涙を流す。ああ、そうだ。私は分かってしまった。彼は私と一つになりたかっただけなんだ。身体と身体を一つにするわけではなくて、同じ苦しみを味わうことで得られる一体感。いや、傷のなめ合いというべきか。
そんなこと。そんなこと、しなくたって。私はあなたが苦しんでいたことくらい分かっていたのに。私を傷つけること、巻き込むことを拒んだ彼。涙を流すほど後悔するなら、はじめからしなければよかったのに。…本当に、馬鹿だね。でも、それでも私は君が好きだった。


あなたは、口づけより深い。


あなたは、性交渉より甘い。


私が好きなのは、あなたがくれるキスや快楽や薬ではないから。
薬はこれきりにしよう。私は彼に言った。すると彼は、嫌だ、怖いと声を震わせる。私はその目に絶望を見た。


「…だったら、私の体を使うといい」


ハッとした。意図しない言葉。意図しない音。
でもなぜか、後悔はしなかった。これでいいとすら思った。おそるおそる彼を見ると、内心信じていないふうな顔をしている。少しして、彼はゆらりとした動きで立ち上がり、ずしっとのしかかってきた。


「本気か?今更、駄目なんて言われても聞かねーぜ」

「…うん。君が満足するならそれでいい」

「そう…か…」


はじめはぬるりぬるりとした手つきでそこらを撫で回していたのに、それを聞くと彼は急に動きを止めて、寂しそうな顔をした。彼なりに私を試していたのかもしれない。
私にとっての麻薬は、不動明王自身だ。求めても、求めても、まだ足りない。愛しても、愛しても、まだ足りない。そんな存在。それは彼にとっても、同じなのだろう。
涙を流しながら私を抱く君と、涙を流しながら君に抱かれる私。求めているのは果たしてどちら。その答えは分からないけれど、きっと彼が教えてくれる。
私の腕には彼とは違う赤い痕がいくつも滲んで。また枯渇と快楽のおいかけっこが始まった。でも今回、彼が追いかけるのは、薬ではないはず。そう、





私を求めて





求めた先に、何があるのかは分からないけれど。


thanks…sex kiss
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