部員が帰った部室に人影が二つ。日はいくぶん傾き、部室には紅い光が差し込んでいる。練習で流した汗が冷える前にと、柳生は鞄からタオルを取り出すと上着を脱ぎ汗を拭き取った。シャツを羽織りボタンをとめる。上から三つめのボタンに手をかけた時、後ろから二本の腕が伸びてきてそのままその腕に引き寄せられる。少し後ろによろめいたが腕の主に支えられ、抱きしめられた。


「のぅ…、柳生…」
「どうしました?」
「いや、別に…ただ柳生に引っ付きたいなーと思ってのぅ」
「そうですか」


仁王が時々こうして自ら自分を求めてくる事を、柳生自身とても心地よく思っていた。今の関係で抱いているこの思いは決して自分だけの一人よがりな一方通行じゃないと感じられる時間のひとつだったし仁王が甘えてくる事が何より嬉しかった。


「柳生はいい匂いがするのぅ」
「汗をかいたのであまり匂いを嗅がないで下さると助かりますが、」
「心配せんでも、俺の好きな匂いじゃき」
「からかわないで下さいよ」
「からかっとらん。思っちょる事を言っただけじゃ」


彼の言葉ひとつでこんなにも心を弾ませてしまう自分は本当にお手軽な性格なのだなと柳生は思った。こんな風に思うようになったのも仁王と付き合うようになってからだ。

最初のうちは、まさか自分が男と付き合う事になるなんて夢にも思っていなかった。でも現にこうして自分は仁王雅治という男と付き合っているのだ。キスもセックスも当然だという関係。今思えば本当に不思議なものだ。だから時々思う、この心地よい関係はいつまで続くだろう?


「…柳生、どうかしたんか?」
「いえ…何でもないですよ」


きっと私はこの男に翻弄されているのだ。それももう後戻りできないくらい。依存している、彼に。キスを重ねて体を繋げるたびにどんどん堕ちていく。もう逃げられない。と言うより、すでに逃げようともしない自分がいる。


「柳生、」
「何ですか」
「キスしてええかの」


いつもはキスをする時にキスしていいかなんて聞かないのに。何でこんな時にばっかりそんな事を聞くのですか。まるで私の心の中があなたには全部見えているようだ。


「お好きにして下さい」


そう呟くと、そっと頬に仁王の手がかけられた。目を瞑ると仁王の顔が自分の顔に近づくのがよくわかる。


「やぎゅ…」


こんな時に優しくして、大切なものに触れるようなキスをするなんて。本当にあなたは最低な人ですね。でもそれが堪らなく好きなんです。彼がどうしようもないくらい、好きなんですよ。


「続き、しますか?」
「いや、やめちょく。それより柳生」
「…?」


一瞬の沈黙。仁王は柳生から離れ、柳生に背を向けて立ち上がった。夕日に照らされた背中はまるで仁王自身が光を放っているようで。


「俺はちゃんとお前さんの事を見ちょる。だから、柳生。そんな顔しなさんな」


果たして自分が今どんな顔をしているのでしょう。きっととてもみっともない顔をぶら下げているのでしょうね。気ままな性格の彼にこんな事を言われてしまうのですから。

こんなにも好きになったのは仁王くん、あたながきっと最初で最後です。だからせめて近くにいられるまでは一緒にいさせて下さいね。


「柳生…愛しとる」


ホラまたそんな事ばかり言って。普段はそんな事一回も言わないのに。どうしてなんですか。あぁ、こうして私は彼に堕ちていく。着実に確実に。もう後戻りはできなない。それなのに彼があまりにも優しい声で愛を囁くから私はつい泣きそうになってしまったのです。



きっとわたしは泣いてしまうだろう
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -