バトルシップグレイ ビリーヴァー 1
バトルシップグレイ ビリーヴァー
空が赤く染まってゆく。もう夕方なのだ。
Gは何度やってもつかないライターを、舌打ちして投げ捨てた。
駆け寄ってきた部下が差し出したマッチを受け取って火をつける。煙を吐き出してから振り返ると、拾い上げられたライターは部下の手によってあっさりと火を灯していた。
困ったような笑顔を浮かべてライターを返してきた部下に、苦い顔を向けてGは外を仰ぎ見る。
夕方の空の色は、普段なら優しいオレンジ色のはずなのに、今は寒気がするほど赤い。
『報告があるんだろう? 聞こう』
空に目を向けたまま部下に声をかけると、部下が姿勢を正したのが気配でわかった。
『はっ。カッペッレェリーア側との交渉は平行線のまま、ボスの生存確認も未だできておりません…』
『ボスとしか交渉しないと言ってきているくらいだ…。生きてはいるだろう』
『しかし、まともな交渉が行われているとはとても』
『そうだな。だがあいつが死んでは向こうも困るだろうからな。持久戦上等なんだろう』
部下が思案のため沈黙する気配がする。
実際、持久戦はこちらにとって分が悪い。
ボスが捕らえられ、ビルボファミリーがカッペッレェリーア側についたことで、ボンゴレ側は圧倒的に不利になった。
『L地点の様子ですが、ランポウ様は部隊半分以上を逃がした後敵の手に落ちたようです。ですが逃げた者達とはほとんど連絡がつかないままで…』
離反したビルボファミリーは、近い地点に拠点を構えていたランポウの部隊に奇襲をかけた。
突然のことにランポウの部隊は混乱し、不利を悟ったランポウは部下を逃がし、自分を囮として応戦したが、今は捕虜の身であると報告が入っていた。
一つの部隊が事実上壊滅し、ボスと、守護者が一人敵側の手中にあることはボンゴレの士気を著しく下げた。
そして、もう一つ…ボンゴレの士気を下げることになった人物がいる。
『雨月様とナックル様はご無事。アラウディ様とD様の部隊は連絡がつき辛い状況ですが、数時間前の時点では無事が確認されたそうです。ですが…ユキ様は未だ行方がわからないままです』
静かに報告する部下に、Gは軽く唇を噛んで頷いた。
ビルボのNo.3から別荘の襲撃を訊き出した後、ユキを助けにいったジョットは捕まり、ユキの行方はわからないままだ。
カッペッレェリーア側が何も言ってこないところを見ると、ユキが捕まっていないことは間違いないのだが、ボンゴレ側に保護されてもいない。
生死不明。
浮かんだ言葉に、思わずGは目を伏せた。
別荘襲撃から丸三日が経った。一度も戦場に出たことがないユキが生き残っている可能性は極めて低い。
初めてこの時代に来た時と違い、今のユキはカッペッレェリーア側に狙われる立場だ。
これはあくまで推測だが、おそらくユキは…ジョットのボンゴレリングを持っている。
ボンゴレリングを持ったままジョットが捕まれば、ジョットは交渉の席に着かざるを得ない。
ユキが捕まっても、同じことだと思うが…。
『ユキ様は…きっとご無事ですよ』
『リナルド?』
報告を述べるものではない声音に、Gは思わず部下の方を振り返った。
自分より年上の部下は何かを思い出しているかのように、薄く笑顔を浮かべていた。
『お前…ユキのことをどう思う?』
『素晴らしい方です。これまでに出会った、どの女性よりも…』
リナルドはきっぱりと言った。
顔立ちは実際年齢よりも若い青年だが、戦闘能力が高く目端も聞く有能な男だ。
『我々、恐れ多くもボンゴレの精鋭の地位を賜っている者は、交代であのお屋敷で警備をさせていただいております』
リナルドは言葉を切って、ゆっくりと息を吸い込んだ。
最初は、いくら身寄りのない女を拾ったからといって、ボスの自宅といえる屋敷に住まわせるなんてと憤った。
だが警備という立場で、屋敷で働くユキ様を見ているうちに、彼女には何の作意もなく、恩人であるボスと守護者の役に立てるよう努力していることがわかった。
マフィアとして生きる覚悟を決めてからのユキ様は、驚くほどの成長を遂げた。
『ユキ様は知れば知るほど惹かれてしまう女性です。そしてあのカリスマ性…あの方がボスに会い、ボンゴレとして生きることを選んでくださったことはまさに僥倖』
キャバッローネ主催のパーティで起こった出来事は、今でもありありと思い出せる。
リナルドは、キャバッローネの暗殺者の背中が見える位置にいた。
暗殺者の体が床に吸い込まれるように倒れると、ユキの姿が見えたのだ。
まるでスローモーションのように。
暗殺者の体がゆっくりと傾ぐと、濃い茶色の髪、次いで燃えるようなマホガニーの瞳が現れた。
右腕は真っ赤な血に染まり、左手には逆手に持ったナイフ。
どう、と暗殺者の体が床に着いた後、ボスの身を案じて慌てて振り返ったユキの、琥珀色のドレスがひるがえった。
その瞬間、リナルドは悟った。
ボスは、我々は、ボンゴレは…この方を絶対に手放してはならない。
ひれ伏したくなったのだ。
膝をついて、その右手に口づけして、忠誠を誓いたい衝動に駆られた。
情けない話、あの場にいたボンゴレの人間はG様の怒号が飛ぶまで呆けたように立ち尽くしていたのだ。
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