恋物語カプリ島編 | ナノ


アイリス ラヴ ??? 1





アイリス ラヴ ???








 カッペッレェリーアの夜伽を務める娘には、前日に一枚のドレスと、裁縫道具一式が与えられる。

 庶民にはどう足掻いたって手に入れることができない高級品だ。だが一人一着あるわけではないので、サイズの近いもの与えられて直すよう言われた。

 見張りの男がユキに渡したのは薄いピンクがかった白の、光沢のあるサテンのドレスだ。

 胸が半分も見えるほど深い襟ぐりで、胸の下に切り替えがあるスカート部分には膨らみはなくすとんと落ち、腰や足のラインが強調される代物だ。

 ユキはこのドレスを着た自分を想像して、口をへの字に曲げた。娼婦の花嫁。


『あんたの行動力には閉口するわよ。いくら自分の男が捕まってるからって、普通こんな計画実行に移そうなんて思わないわよ』


 肩より少し長い金髪を首の後ろで一つにまとめたローザが、そう言って慣れた手つきで針と糸を操る。

 閉口すると言いながら先ほどから喋りっぱなしの彼女に、ユキは困ったような笑みを向ける。


『恋人じゃなくて恩人で、ボスだって何度も言ってるのに』

『え?でもジョット様はユキ様に片おもぶっ!!』


 うっかり滑らせかけた妹の口を平手でぺんっと塞いだカルロッタは、不思議そうな表情のユキとローザになんでもありませんのよおほほと笑って見せた。


『でもあんたは好きなんでしょ?そのボスのこと』


 ローザに当然のことのように訊かれて、ユキは眉を下げて俯く。


『好きかって訊かれたら、もちろん好きなんだけど…』


 ジョットのことは好きだ。感謝しているし尊敬している。

 一緒にいて楽しいし、ドキドキしたりもする。

 だがそれは守護者の皆にも起こる気持ちで、ジョットと守護者の皆では気持ちが少し違う気がするが、どう違うのかといえば…それはわからない。

 ジョットとはパーティでパートナーを務めたりもしたから、守護者達と関わり方が違うからそう思うのかもしれない。





《貴女は何が嬉しくて…何が辛かったのですか?》





 ランボルギーニの言葉が甦る。

 人の気持ちはシンプルなものだと彼は言った。

 私の気持ちもシンプルなもののはずだ。

 彼がくれたヒントについては、いろいろあってまだちゃんと考えられていない。



 次に会ったら、話をするって約束したっけ。

 話せること…まだできてないなぁ。



 考えに沈んでしまっていたユキを、ローザの固い声が引き戻す。


『ねぇユキ…。好きかどうかもわからない男のために、こんな計画を実行する気?』


 ユキが考え出した2つの計画のうち、プランBはプランAの計画に必要なあることが成功する前に、アリーチェだと思われているユキがカッペッレェリーアの夜伽の相手に指名された場合の作戦だっだ。





 夜伽の最中、カッペッレェリーアとの二人っきりの場で彼を暗殺する。





 ローザはドレスに仕込む予定のユキのナイフを握り締める。


『やっぱりダメよ!あんたならできるかもって思ってたけど、やっぱりダメ!ねぇあんたわかってんの?相手はあのいかれ帽子屋なのよ。暗殺する隙を作るには…』


 ローザは言葉を切って、ユキから目を背けた。

 ユキが真っ直ぐにこちらを見ている視線を感じて、唇を噛む。

 ビルボ姉妹を含めた、部屋の中にいる女達も、苦しそうに表情を歪ませる。



 カッペッレェリーアは冷酷なマフィアだ。

 失敗すればただでは済まない。

 確実に仕留めるには、奴の思うがままに体を捧げて隙を作るしかない。

 娼婦でもないユキに、そんな辱めを受けさせるなんて。


『わかってるよ』


 ナイフを握り締めて白くなったローザの手に、あたたかいユキの手が重ねられる。

 はっとローザが顔を上げると、ふわりと微笑むユキの顔が目の前にあった。

 マホガニーの瞳は柔らかい光を帯びていて、ローザではそこから笑顔以外の表情を読み取ることはできなかった。


 でも、やりたいはずはないのだ。

 ユキは言った。カッペッレェリーアに別荘を襲撃されたとき、たくさんの部下が犠牲になったと。

 そんな憎い相手に、ボスを助けるためとはいえ抱かれるなど考えるだけで寒気がする。



 笑顔で受け入れられるはずがないのに…。