恋物語カプリ島編 | ナノ


ボルドー ゲシュタルト ツェアファル 1




ボルドー ゲシュタルト ツェアファル








『ねぇユキ…。あんたの作戦って本当に大丈夫なんでしょうね?聞いた限りじゃ神頼みに近いわよ』


 素っ裸で頭から水を被ったローザは、長い金髪を束ねてぎゅっと絞る。

 捕まっている女達は一日一回水を浴びるために、4、5人ごとに外に連れ出される。

 足に鎖を繋がれた状態ではあるが、幸い今日の見張りは鎖の長さの限界まで離れてくれる男だったため、小声ではあるが話すことができた。

 ユキとローザと一緒に水浴びにきた少女2人は、わざと大きな水音を立てて2人の会話を聞こえにくくしてくれた。


『今日あたり成功すると思うんだけどなぁ…』

『そう言って二晩経ったのよ。プランBは決行させたくないから、成功してくれないと困るのよ』


 ローザは豊満な胸からは考えられないくらい細い腰に両手を置いてユキをじとっと見る。

 昨日一日で、ユキは同じ部屋にいる女達と話、彼女達が持っている情報を全て把握した。

 情報量としては微々たるものではあったが、見張りの男たちがぽろっと零した内容には役立つものもあったし、カッペッレェリーアの相手をさせられた少女の話は大きな収穫だった。

 ユキの作戦は捕まっている女達にとってはあまりにも突飛なものに思えたようだが、ビルボ姉妹のフォローもあって皆協力すると言ってくれた。

 残り二つの部屋に捕まっている女達にも、部屋にこっそりメモを入れるというやり方で伝えることができた。

 彼女達が協力してくれるかどうかはわからないが、皆ここから逃げたい気持ちは同じだよと、ローザが言ってくれたので前向きに考えることにした。


『アリーチェ…ちゃんと隠れてるかな』


 ぼそりと呟き、ユキは眉を下げて唇を引き結ぶ。

 アリーチェが捕まれば自動的にユキが偽者だということがばれてしまうので、何も言われないということは、アリーチェは見つかっていないということだ。

 だが見つかっていないからといって無事だという保障はない。


『案外死んでるかもしれないね』

『ちょっ…ローザ……』


 けろっと言われてユキは慌てたが、タオルで体を拭いながらローザは明るい声を出す。


『あの子はイタリアで死ぬことしか考えてなかったからね。でもこんな下種共に捕まったまま死んでたまるかって言ってたから、逃げたって聞いた時はやっぱりなって思ったのよ』


 同じ娼婦として生きてきたローザとアリーチェは仲が良かったという。

 ローザはユキがアリーチェを知っているという話を最初は信じていなかったが、アリーチェと交わした会話の内容を話すと信じてくれた。


『あの子はあんたに会えて嬉しかったと思うよ。逃げたはいいものの、捕まってるあたしらのことは気にしてたと思うから。あたしらを助けるようにって言ってたんでしょ?』

『ん。カタギの子を助けてって言ってたけど』

『あっそ。どうせあたしはフランスでも立派にやっていける娼婦ですよ』


 紅も塗っていないのに紅い唇を、わざとらしくへの字に曲げるローザに、ユキは笑ってしまう。

 ローザもアリーチェも、娼婦としての自分を卑下しない。

 こんな生き方しかなかったんだと言いながらも、彼女達は自分の生きてきた道を後悔していなかった。

 だが、そんな強い心を持った者は本当に少数だ。


 捕まっている女達のほとんど、いきなり攫われ、娼婦として売られると言われ、無理矢理男達に体を弄ばれた。





 助けて、あげたい。

 そのためには、早く作戦の第一段階を成功させなくては…。




『おい、アリーチェ』


 着替え終わったユキに、見張りの男が声をかけた。

 髪を拭くふりをしながら顔を見せないように振り返ると、武骨な見張りは淡々と告げた。


『明日の夜、カッペッレェリーア様の屋敷へ連れて行く』


 ローザと2人の少女がひゅっと息を呑む。

 これは、カッペッレェリーアの寝室に侍れという意味だ。

 返事は期待していなかったのだろう。4人が着替え終わったと判断した見張りは、無言で鎖を引いた。



 部屋に戻るために歩き出しながら、ユキは隣を歩くローザに小声で告げた。








『今夜成功しなかったら…プランBを決行する』