レモンイエロー アイランド 1
レモンイエロー アイランド
Isola di Capliはナポリから30km南に位置する外周約17kmの島だ。
表向きはマフィアとの関わりはない島とされているので、別荘地としてなかなかの人気がある場所だ。
ユキは海風に飛ばされそうになる帽子を押さえて、船から降りようとするジョットに続いて立ち上がる。
ナポリの港から船で1時間。決して遠い島ではなく、捕えられた女達が泳いで逃げ出せなくはない。
だが島の北側の海岸に一つだけある船着場と、南側にある海岸以外は島の周りは全て断崖絶壁で、海へ出るには大きすぎるリスクが伴う。
つまり北と南にある海岸さえ見張っておけば、捕えられた者が身一つで逃げることは難しい。
(人を閉じ込めておくにはもってこいの島ってわけか…)
『ユキ、足元に気をつけろよ』
『ん。ありがとう』
先に桟橋に降りたジョットの手をとって、ユキは静かに揺れる船から桟橋へ飛び移った。
守護者達に見送られ、馬車でナポリまで行って、船に乗ってようやく着いた。
今この時から、ユキの初めての任務が開始となる。
『ご苦労だったな。もうここまででいいぞ』
『は? い、いえ。しかし…ボス』
船着場の近くから馬車を借りて戻ってきた部下は、ジョットの言葉に慌てだす。
きっとGから別荘までちゃんと送るように言われているのだろう。困ったように眉を下げる部下の青年にジョットは有無を言わさない笑顔を向ける。
『馬車くらい自分で操れるさ。気を利かせろと言われたとGには報告すればいい』
そう言うと同時に抱き寄せられ、叫び声を上げそうになるのを慌てて堪える。
ここでは恋人。恋人同士の旅行。私はジョットの恋人。恋人は肩を抱かれたくらいで叫んだりしない。
頭の中で呪文のように唱えてなんとか落ち着こうとしている間に、ジョットは涼しい顔で見送りは諦めたらしい部下から荷物を受け取っている。
(あれは、結局どういう意味だったんだろう…)
ジョットの横顔を見ていると、昨夜のことが嫌でも思い出される。
ジョットの部屋で、ソファの上で抱き締められたあの夜。
どうやって、なんて言って自分の部屋へ戻ったかも思い出せないほど混乱していた。
恋人同士のように振舞ってほしいと言われて、変な気持ちになった。
なんと呼べばいいのかわからない。よくわからない気持ちだ。
胸が熱くなって、痛いほど熱くなって、泣き出しそうになった。
《恋だったら…いいのにな……》
炎のように揺れていた、ジョットのオレンジ色の瞳。
切ない表情で告げられた言葉。
恋だったら、よかったのだろうか。
たしかにジョットに恋心を抱いていれば、今回も恋人同士のように振舞うのは簡単なのかもしれない。
作戦のことを考えればその方が都合が良いから、ジョットはそう言ったのだろうか。
よくわからない気持ちは、どんなに考えてもよくわからないままだ。
ジョットはとても素敵だと思う。
だがそれはGだったりアラウディさんだったり、屋敷で一緒に暮らす守護者全員に思うことだ。
皆とても格好よく、優しく、厳しく、とても大切な人達だ。
彼らを思う気持ちが、イコール恋かと問われれば、すぐに違うと首を振るだろう。
もう一度自分に問う。
ジョットへの気持ちは…恋なのか。
『……よく、わからない』
『ユキ!』
自答したところで名前を呼ばれて振り返ると、馬車の御者席に乗ったジョットが手招きしていた。
『出発するぞ。中とここと、どっちがいい?』
自分の隣を指して笑う彼を見ていると、つい笑みが込み上げてくる。
よくわからない気持ちも、作戦のことも、脇に置こう。
ジョットとの初めての旅行は始まったばかりなのだから。
そう思って、ユキは満面の笑顔を浮かべて、御者席に向かって歩き出した。
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