恋物語カプリ島編 | ナノ


フロスティグレイ アイ ドント ノー 1


フロスティグレイ アイ ドント ノー







 ノックの音が5回。書類にサインをしていたジョットはペンを置き、立ち上がる。

 ゆっくりとドアを開けると、茶器が載ったトレイを持ったユキが立っていた。

 入るよう促すと、ふわりとした笑顔が返ってくる。

 ユキは静かに部屋に入り、ソファセットに近づいてトレイを置く。

 慣れた動作で茶の用意をするユキを見ながら、ジョットは残りの書類を片付けるためにデスクに戻る。


『今日は悪かったな、バタバタさせて』


 書類にペンを走らせながら言うと、ユキは蓋をしたポットをテーブルに置いて笑う。


『まさか明日出発だなんて言われるとは思っていなかったからね』


 ユキが現れる前はボスと守護者全員が長期で屋敷を空けることはたまにあったので、その場合は部下が屋敷を管理することになっていた。

 今回もそのようにするつもりで手筈は整えていたが、だからといってはいそうですかと丸投げはできない性格のユキは、今まで仕事と旅行の準備で忙しなく動き回っていた。





 サインを終えたジョットはソファまで移動してユキの隣に腰を下ろす。

 すると、蒸らし終えたハーブティーが入ったカップを渡される。


『ありがとう。呼んでおいてあれだが、疲れたならもう寝た方がいい』

『ううん。ジョットと話したいなって思ってたからいいの』


 ユキがにっこりと微笑むと、ジョットの目に安堵の色が浮かぶ。





(あ、まただ…)





 ふわりと微笑み返されて、きゅうっと収縮する胸をユキは慌てて押さえた。

 月明かりと室内の明かり。部屋にもたらされた陰影は、ユキの目に映るジョットの姿を妖艶にしていた。

 隣に座るジョットとの距離が近すぎて、激しく鳴る心臓の音が彼に聞こえやしないかと心配になる。

 落ち着こうとカップを手に持つと、ジョットもハーブティーを口に運ぶ。

 カモミールの香りがするお茶に口をつけ、ちらりと隣を見るとジョットと目が合った。

『…ッ』

『?』


 オレンジ色の瞳が不思議そうに細められて、ユキは慌ててなんでもないというように笑ってみせる。





 ジョットの一挙一動に慌ててしまう自分がわからない。

 どうして急に、こんなにも感情のコントロールができない人間になってしまったのか。





 黙っているとジョットが心配そうな顔を向けてきたので、ユキは慌てて笑顔を浮かべる。


『囮とはいえせっかくの旅行だもの。おもいっきり楽しんでるところをノヴィルーニオに見せつけなくちゃね』

『そうだな。おもいきり楽しんでくれてかまわないが、気をつけてほしいことが2つある』


 指を2本立ててみせるジョットに、ユキは表情を引き締めてカップをテーブルに置く。


『1つ。お前は勘がいいから敵が偵察を送り込んできた時に視線に気づくかもしれない。だができるだけ気づかないふりをしてくれ』


 真面目な顔でユキが頷くと、ジョットは指を1本折り曲げてふっと微笑む。