恋物語カプリ島編 | ナノ


ボルドー ゲシュタルト ツェアファル 3



 廊下に出て自室へ戻り、待機していた部下の顔を見た瞬間、カッペッレェリーアの表情は一変した。


『まだ女は見つからないのですか!?』


 至近距離で怒号を浴びせかけられた部下は震え上がったが、生唾を数回飲み込んでやっと返事をした。


『申し訳ありません。昨夜見失って以降、まだ何の情報も入ってこず…』


 項垂れる部下に、カッペッレェリーアは舌打ちをする。

 そう、カッペッレェリーアは上着の持ち主である、ボンゴレプリーモの女を捕えてはいなかった。

 別荘から逃げ出したボンゴレプリーモの恋人らしき女を捕まえ損ねたと、部下が報告を持ってきたのが昨日の夜中のことだった。

 街への出口に近い森の中で見失ったということだったので、街の人間である可能性もあると報告にあったが、カッペッレェリーアは女の背格好を資料と総合し、部下が持ち帰ってきた上着をボンゴレプリーモに見せることで確信した。

 逃がした魚は、大きすぎる獲物だったと。

 幸い突きつけられた上着が自分の女のものだと認識したボンゴレプリーモに、揺さぶりをかけられてはいるが、あの男は疑っている。

 はったりは、そう長くはもたない。

 だがボンゴレプリーモの様子からして、ボンゴレリングは女が持っている。

 女とボンゴレリングを手に入れれば、契約など簡単だ。


『女がボンゴレ側に保護される前に捕えるのです。生け捕りにさえできれば、手足の一本や二本なくても構いません』

『かしこまりました』


 部下を下がらせ、カッペッレェリーアは寝室へと続くドアを押し開けた。

 天蓋付きの豪奢なベッド。その天蓋を支える柱の一本から伸びた鎖は、柔らかいシーツの上で震える少女の足に繋がっていた。

 繊細な細工のレースを引き、少女の前に立つ。

 日に焼けた赤茶の髪と、大きな瞳。典型的なイタリア人の少女だ。

 少女は、これから夜伽を強いられる相手が若く美形な男であることに一瞬驚いたようだったが、それで震えが止まるわけもなく、今にも泣きだしそうな顔でカッペッレェリーアを見上げた。

 帽子屋は薄く笑みを浮かべて、少女に覆いかぶさる。

 明日の夜はアジア人だったな、と思いながら、カッペッレェリーアは涙を流す少女を見下ろした。

 少女に向けたつもりはなかったが、凶暴な笑みを目の当たりにした少女の嗚咽が大きくなった。



 アジア人が明日でよかった。

 大切な商品を八つ裂きにはしたくない。





* * *





(あのNo.3だけではなく、ビルボファミリーそのものが敵に回るとはな…)


 全身を襲う痛みに顔を顰めながらも、ジョットはこの状況を打開する方法を考えていた。


 
 ビルボファミリー総勢200が敵に回ったことにより、状況は一気に深刻になった。

 たとえ自分が捕まっても、守護者達はちゃんと部隊を指揮し、捕まっている女達の居場所を割出し次第総攻撃をかけてくると思っていた。

 そうすれば隙を見て逃げ出し、部隊と合流すればこの捕り物は終わると思っていた。

 だが、カッペッレェリーアの部下である拷問官の一人が勝ち誇ったように語ってきた内容が、ビルボファミリーの離反。正確にはボスはその座を追われ、ノヴィルーニオファミリーと内通していた幹部達により、ボンゴレの部隊の一つが奇襲を受け、半分以上が捕虜となったという。

 こうなっては総攻撃など不可能。ボンゴレのボスを捕えたという優越感をくれてやる必要などない、と逃げることを決めた矢先、あのふざけた帽子屋はジョットの眼前にあれを持ってきた。



 見間違えるはずがない。ユキがあの夜来ていた上着だった。



 正直、ユキが本当に捕まったのかどうかは疑わしい。

 ジョットの前にユキを連れてきて、目の前で痛めつけた方が効果的なはずなのに、それをしないからだ。

 そして、ユキに預けたはずのボンゴレリングも、まだカッペッレェリーアの手には渡っていない。

 だが、ユキに会わせないことでジョットの不安を煽っているということも考えられる。

 ユキが捕まっている可能性がある以上、一人で逃げるわけにはいかない。一人で逃げては意味がない。



 考えろ、考えろ。

 どうしたらユキを、ファミリーを、捕らわれている女達を救える?

 俺はお伽噺のお姫様ではない。

 待っていても、ヒーローも王子様も助けには来ない。

 俺が助けなければならないんだ。



 ジョットはユキの上着を握り締める。

 喉元に熱いものがこみ上げてきて、叫びたくなった。





 この願いが叶うなら、なんでもする。








(どうか彼女が無事でいますように)






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