恋物語カプリ島編 | ナノ


ランプブラック クラクション 3


 ノヴィルーニオファミリー幹部。通称カッペッレェリーアはほとんど白に近いプラチナブロンドの美青年であった。

 瞳の色は琥珀色。細面の美しい顔立ちはおとぎ話に出てくる王子のようだと、彼のことを知らない者は思うだろう。

 だが彼はノヴィルーニオファミリーの売春業を一手に仕切るやり手の幹部だ。

 彼は今、客の1人である貴族から借り受けた屋敷に滞在していた。

 そして客人をもてなすために身支度を整えているところだ。

 プラチナブロンドは丁寧に巻き、ふわふわさせると天使のようになる。

 その頭を上に、ふわりと小さめのシルクハットを載せる。

 室内では帽子を取るのもだが、彼はその名の通り、決して帽子を放さない。

 とてもマフィアとは思えない豪奢な服で身を包むと、カッペッレェリーアは客人のいる部屋に向かう。

 そこは客間の中でも一番いい、客人に相応しい趣味のいい豪華な部屋だった。あくまでカッペッレェリーアの趣味の話だが。


 廊下を歩いていると、後ろから部下がワゴンを押しながら現れた。

 ワゴンに載っているのは客人と共にとる予定の食事だ。

 部屋に着き、部下に向かって頷いて見せると、部下はノックをして数秒待ち、ドアを開ける。客人からの返事はなかった。

 部下が開けたドアから入ると、黒に近い緑を基調とした家具が並ぶリビングルーム。

 テーブルセットに、部下が淡々と食事を並べ始めると、カッペッレェリーアは静かに寝室へ続くドアを開ける。


 寝室に入ると、ベッドに腰掛けていた客人がゆっくりとこちらを見た。

 カッペッレェリーアは客人の美しさに、思わず息を吐いた。


 絹糸のような金髪、細身ではあるが程よく筋肉のついたしなやかな体躯。不愉快そうにカッペッレェリーアを見据えるオレンジの瞳。

 完璧な美青年だと思った。もう少し若ければ、と思いかけてすぐその考えを打ち消す。


 彼は商品ではない。我がファミリーの繁栄のために、交渉するべき商談相手だ。

 そしてカッペッレェリーアは恭しく頭を下げる。


『食事をお持ちしました。ボンゴレプリーモ。さぁ、席へどうぞ』


 ベッドから伸び、彼の足へと繋がる鎖を見て、カッペッレェリーアは微笑む。

 全ての窓には鉄格子。彼の手足には鎖。客人の部屋を見張る部下達。





 帽子屋は、イタリア最強のマフィアのボスを、その手中に収めていた。





* * *





『父は門外顧問の情報を漏えいした件で失った、ジョット様の信用を回復しようと努めていました。ノヴィルーニオファミリーとこの島のことは、ビルボの総力を挙げて調べた結果わかったことです』


 ひとしきり泣いて、落ち着いたらしいビルボファミリーボスの娘・カルロッタはそう言って自分の手を握り締める。

 妹のルイゼッラは未だユキの膝に顔を埋めて泣いているが、こちらもユキに頭を撫でられるごとに声が小さくなってきていた。

 突然の事態に部屋にいる女達は困惑したようだったが、何故か今は全員ユキと姉妹を囲むように座り、一緒に話を聞いている。

 カルロッタは唇を強く噛み、可愛らしい顔を苦しそうに歪める。


『ですがジョット様がカプリ島での作戦を決めた後、No.2以下の幹部が反旗を翻しました』


 17歳という年齢より幼く見えるカルロッタは、当時のことを思い出したかのように体をぶるりと震わせた。

 No.2以下の幹部は結託してノヴィルーニオと内通し、ビルボを乗っ取ったのだと言う。

 
 裏切られたのはビルボのボスの方だったのか、とユキは砂を噛んだような気持ちになる。

 ビルボの離反者達がノヴィルーニオとどういう取引をしたのかはわからないが、ボンゴレが出し抜かれたことは間違いない。

 ビルボファミリー総勢200名がカッペッレェリーアについたということになるのだ。ボンゴレとキャバッローネが今回カプリ島に集めた人数は合わせて400。

 カッペッレェリーアの部下は300以上いると聞いている。おまけにジョットは多分敵の手中だ。

 不利すぎる。


『母を目の前で殺され、娘である私達も殺されたくなかったらボスとしてボンゴレを騙し続けろと言われて、父は言うとおりにしていたはずです。…でも……』


 カルロッタが言葉を切ると、ルイゼッラの啜り泣く声が大きくなる。


『あいつらは私達姉妹を殺さなくても、フランスに売るつもりです。妹は…先日カッペッレェリーアに…』


 その言葉を聞きたくないと言わんばかりに、ルイゼッラは大声で泣く。

 周りの女達の中にも、数人泣き始める者がいて、ユキは自分の膝に縋るように泣く幼い少女が何をされたのか理解した。


『あの変態帽子野郎はふざけた糞さ。ここに連れてこられてから毎晩1人、あいつの相手をさせられている』


 金髪の女は、忌々しげに吐き捨てると、ユキをまっすぐみる。

 その目には先ほどまであった警戒の色はない。


『あたしはローザ。あんたがあたしらを助けにきたってことはわかったわ。助けてもらえるんなら協力するけど、何か考えがあるの?』


 全員の視線を受けて、ユキは部屋に一つだけある窓を見る。

 鉄格子が嵌った窓の外に見える空は、話しているうちに太陽が沈み、暗くなりつつあった。


『考えはあるけど、私はもう少し休まないと動けません。とりあえず今日は皆さん休みましょう。聞きたいことがたくさんあるので、明日…話しましょう』


 その言葉に全員頷いて、皆それぞれの場所に向かう。ソファもベッドもない部屋で、皆雑魚寝をしているらしい。

 アリーチェが使っていた場所だと言われた、ぺらぺらの布が一枚敷かれた場所に、ユキも横になる。





 理不尽に他国へ売られようとしている彼女達を、必ず助けようと、ユキは改めて懐に隠したリングに誓う。





 堅く冷たい床の上で、ユキは眠りに落ちるまで何度も何度も呼び続けた。

 彼の名を、呼び続けた。

 何度も、何度も、応えてくれるまで…。










(今……いや、まさか…)








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