恋物語カプリ島編 | ナノ


ランプブラック クラクション 2






 水は凍るほど冷たかったが、服を脱いで頭から浴びる。タオルは一枚しかもらえなかったので、手で擦ってできる限り汚れを落とした。

 何度も水を浴びて、乾いたタオルで拭くと随分すっきりした。

 汗と汚れ塗れのドレスを再び着るのは嫌だったが、着替えがあるわけもなく、我慢して袖を通す。



 男に声をかけると、再び【物置】の中に連れて行かれる。

 3階には部屋が3つ並んでいて、その中の一番手前のドアに男は手をかける。


『もう逃げ出すなよアリーチェ。次は始末しろって言われてんだ』


 ドアを開けて部屋の中に押し込まれながら言われ、こちらが何か言う間もなく閉められた。

 乱暴だなと思いながら部屋に視線を向けると、いきなり顔に柔らかいものが押し付けられた。

 
『〜〜〜〜〜ッ!!!』

『アリーチェ!!無事だったんだね!!』


 頭の上から女の声が降ってきて、抱き締められているのだと理解した。

 ユキをアリーチェだと勘違いしている女は、涙声でユキをぎゅうぎゅうと抱き締めている。

 否定しようにも鼻と口を完全に塞がれているので、ユキは慌てて女の背中を叩く。

 すると気づいたようで、ああごめんねと言いながら女が離れる。


 くすんだ金髪と緑の瞳の、ユキやアリーチェより少し年上と思われる女だった。胸が半分も見えているドレスを着ていることから彼女も娼婦なのだろう。

 部屋の中には彼女以外に7、8人の女達がいた。



 ユキの顔をまともに見た瞬間、金髪の女の顔から笑みがさっと消える。


『アリーチェじゃない…。あんた誰!?』


 その声が思いの外大きかったため、ユキは反射的に女の口を塞いだ。

 すると他の女達が短い悲鳴を上げたため、口を塞いだまま後ろに回り込んで金髪の女の足を払う。

 がくりと床に膝をついた女の首に、ユキはナイフをあてる。


『静かにしてください。貴女達に危害を加えるつもりはないけれど、ここで騒がれると貴女達を助けることができなくなります』


 大きくはないが、ユキの声は狭い室内によく通った。

 しんと静まり返るなか、ユキは廊下の方に意識を集中したが、誰かがやってくる気配はなかった。

 ナイフを仕舞い金髪の女を解放すると、女は声を顰めながらも怒ったようにユキに問いかける。


『助けるって言ったけど、あんたもこうして捕まってるじゃないか!あんた誰だよ?それに、アリーチェはどうしたのよ!』

『私はユキ。とにかく説明させてください。私は…『ユキ…様……?』


 かぼそい声で名前を呼ばれ、ユキは驚いて声の持ち主を探す。

 すると部屋の奥にいた少女がよろめきながらも立ち上がる。彼女の隣にはもう1人少女が座り込んでいた。



 すぐにはわからなかった。

 だが、ユキを見て可愛らしい顔をたちまち涙でぐしゃぐしゃにする少女達を見ていると、唐突に2つの色彩が頭に浮かんだ。





 ベビーピンクと、薄いブルー。

 彼女達が着ていたドレスの色だ。





『カルロッタ様…、ルイゼッラ様……?』





 ビルボファミリーボスの2人の娘は、名前を呼ばれた瞬間声を上げて泣き出した。