ローシェンナ トレード マリア 3
『もしかしてあんた…ボンゴレ?』
『! どうして?』
当たったらしい。なんとなく得した気分になって、微笑む。
『見張りの奴らがぶつぶつ言ってた。ボンゴレのボスの所為であたしらをフランスに送れないって』
ユキが思案顔になる。こんな女がマフィアなんだろうか。
マフィアなんて下衆で暴力的で、娼婦なんか家畜以下だと思っている腐った連中かと思っていた。
ユキの手が頭に触れた。
柔らかい手に撫でられて、涙が出そうになった。
『私は…私達ボンゴレはカッペッレェリーアを捕らえて貴女達を助けるために来たの。私と一緒に仲間のところに行こう』
目頭がかっと熱くなったが、堪える。
無理矢理笑顔を作って、縋りたくなるほど優しい声のマフィアを見上げる。
『一緒に行くのは足手纏いになるから遠慮するよ。それに、病気のことがなかったらあたしは娼婦の仕事は別に嫌じゃないんだ。イタリアから出なければね。 …だけど、捕まっている子達の半分はいきなり連れ去られたカタギの娘だ。あたしなんかよりその子達を助けてやっておくれな』
そう言って、精一杯の笑顔を向ける。
ユキの心配そうな表情が、髪の毛一本ほどでもいいから和らぐように。
『この辺でしぶとく隠れてるから、あの糞帽子屋《カッペッレェーリア》を片付けたら迎えに来てくれればいい』
それでも納得がいかない様子のユキに、軽く手を振ってみせる。
『あんたを信じて待ってるよ。あんたと…もっと話をしてみたいんだ』
母が亡くなってから初めてではないかと思う、素直な言葉が出た。
ユキは驚いたようだったが、嬉しそうにふわりと微笑んだ。
風が頬を撫でたような、くすぐったい気持ちになった。
『必ず迎えにくるよ。あ、そうだ!貴女の名前は?』
『…アリーチェ』
そういえば名乗ってなかったっけと思いながら答えると、あたたかいものがふわりと胸の上にのせられた。
『外は寒いから』
彼女が着ていた上着だった。外出用ではないのだろう薄手の上着だったが、とてもあたたかかった。
腕が剥きだしのドレス一枚になった彼女は、ちゃんと隠れててね、と言って走り出した。
足音は軽く、すぐに聞こえなくなり、彼女の存在は夢だったのではないかと一瞬思った。
だが、自分の腕の中には、確かに彼女のぬくもりが残った上着がある。
なんだあの女。そこらの男より、よほど紳士だ。
アリーチェは上着を抱き締めて、しばらく泣いた。声は出さずに、長い時間泣き続けた。
* * *
ユキが近づいてくる男に気付けなかったのは、疲労がそろそろ限界を超えていたからだ。
たった一人で細心の注意を払いながら森を歩き、敵から隠れたり襲撃したりという緊張感が気力と体力を必要以上に削ったのだ。
ユキはアリーチェから得た情報を、もっと確かなものにしておきたかった。
Dの部隊と合流する前に、女達が捕まっている物置とやらの、詳しい位置を確認しておきたかったのだ。
アリーチェは闇雲に逃げてきたみたいだったから、彼女が指した方角が間違っている可能性もあった。
だが、アリーチェが示した方向に進んだところ、一軒の建物が見えた。
それは3階建ての建物で、確かに物置と呼ぶには大きすぎるが、外観はアリーチェの話と一致した。
ユキは【物置】と十分距離をとっていたが、見つけたと思った途端欲が出た。
もう少し近づけば、見張りがどこに、何人いるのかがわかるかもしれない。
女達さえ救出できれば、ボンゴレはノヴィルーニオに総攻撃がかけられる。
そうすれば、ジョットだって…。
【物置】を見据え、そろそろと近づいていたユキは、がさりという物音にはっとして振り返った。
しかし振り返ると同時に頭に衝撃を感じ、目の前に火花が飛んだ気がした。
失敗したなとぼんやり思ったユキの思考は、すぐに闇に沈んだ。
* * *
気絶して地面に倒れたユキを見下ろして、彼女を後ろから殴り倒した男が仲間を呼ぶ。
『捕まえたぜ!まだこんな近くにいやがった』
仲間が寄ってきて、倒れているユキを見下ろして鼻を鳴らす。
『ふざけた女だぜ。おい、さっさと連れて帰って犯しちまおうぜ。お仕置きってやつさ』
『ダメだ。アリーチェはまだカッペッレェリーア様の手がついてねぇ。それに…』
ダメだと言われて歯ぎしりする仲間を宥めるように手を振って、男はユキを担ぎ上げた。
『アジア人は珍しいからな。なるべく傷つけるなとのご命令だ。売値が下がっちまう』
男達は気を失ったユキを【物置】へ運ぶため歩き出した。
自分達が捕まえたのは、逃げた娼婦だと疑いもせずに。
(ユキ、あんたを待ってる。お願いだから…あたし達を助けておくれ)
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