恋物語カプリ島編 | ナノ


オペラ ザ バタフライ 2




 ジョットはあれ以降何も言ってくることがない。
 
 ユキも自分から切り出すことができないので、その話題に触れられずに一週間が過ぎてしまった。

 ランボルギーニの手伝いを申し出たのも、屋敷の中でジョットと顔を合わせる時間を少しでも少なくするためだったのかもしれないと、今なら思う。


『気持ちがよくわからない時というのは、自分でわからなくしてしまっているのだと私は思うんですよ』

『自分で、わからなくしている?』


 不思議そうに復唱するユキに、ランボルギーニはじゃがいもの芽を器用にくり抜きながら頷く。

 そしてじゃがいもから目を離すことなく、ふっと口元に笑みを浮かべた。


『実はですねユキ様。あの日のパーティに、私もいたのですよ』


 話が突然飛んだことにユキは驚いたが、ランボルギーニは記憶を瞼の裏に映しているかのように目を閉じた。



 その場にいたボンゴレの部下達は、あの時皆同じ気持ちを抱いたのだ。

 あの、思わず平伏したくなるような気持ち。

 待ち望んでいたものが唐突に目の前に現れた、あの高揚感。


『ユキ様はまだ部下の前に立ったことがないからお分かりならないでしょうが、ボンゴレはもう貴女をボスや守護者様と同様に見ております。守るべきお方だと』


 そこで一旦言葉を切って、ランボルギーニはすっとユキと目を合わせる。

 瞳はやわらかく細められていたが、その視線はまっすぐユキに届いて、力強かった。


『貴女がGiapponeseだとか、どこの誰だかわからないとかはどうでもよかった。
 ただ当然のように、ボンゴレにはユキ様が必要だとあの場にいた皆が感じたのです』





 ボスの隣にこの女性が寄り添う。

 それはただの男女交際の問題ではない。

 きっと彼女はボンゴレを動かす存在になる。

 ボスと共に、ボンゴレの要となる。





『大空に添う、風のように』

『風…?』

『ええ。恐れ多い話ですが、ユキ様にはあのパーティ以後このような呼び名がついているのです』








【Aria di Vongola《ボンゴレの風》】








 その呼び名は、ユキがずっとなりたいと思っていたものを形容しているように思えた。

 大空と呼ばれる彼を…彼の空を彩る存在になりたいと、思っていた。

 それをボンゴレファミリーの部下達が、自分の呼び名としてつけてくれたということに、ユキは嬉しさで胸がいっぱいになった。

 まだ自分には過ぎた名に思えるが、ジョットと守護者の皆が誇るボンゴレファミリーのために、その名に恥じることのない存在になりたいと強く思った。


『長々と話ましたが、人間の感情などシンプルなものです』


 ランボルギーニは微笑んで、次は人参の皮剥きにとりかかる。


『考えることは直感を邪魔します。ですが強く悩むからこそ、考えてしまう』


 父親以上に年の離れたランボルギーニの声は、とても落ち着いていてするりと耳に入ってくる。


『ボスは難しい立場におられる方ですが、そんなこと考えなければ彼だってただの男です』


 そう言ってくすくすと笑う。

 屋敷に到着した日、ユキを彼女用の部屋に案内してやってくれと言いにきて、そのまま外に出て行ってしまった若きボスの姿を思い出しておかしくなる。

 頬にほんの少しだけ赤みがさして、頭を冷やしてくると告げて出て行った姿。



 なんと言いましょうか。

 あぁ、あれですね。

 決壊ぎりぎり。



『ボスがどうとか作戦がどうとかボンゴレがどうとかいうことは、後で考えればよいのですよ』


 ランボルギーニの言葉はひとつひとつ、紅茶に落としたミルクのように静かに心に沁みて行った。

 柔らかい笑顔と声が、届いた。










『ユキ様はボスと一緒に過ごして、いろいろなことがあったのでしょう?

 貴女は何が嬉しくて…何が辛かったのですか?』












(溢れて溢れて、決壊ぎりぎり)








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