レモンイエロー アイランド 3
『ボス。寝室はいかがいたしましょう?』
『寝室? あー…そうか……』
そう問われ、ジョットは困ったように頬を掻いた。
ユキが質問の意味がわからず首を傾げると、ランボルギーニは表情を崩すことなく言葉を続ける。
『一応二部屋整えてございますが、主寝室は広いですから十分かと…』
『?………ッ!!!』
そこまで言われて、ランボルギーニが何を言わんとしているのかを理解したユキは、頭の中で爆発音がしたような気がした。
みるみる顔が真っ赤になるユキを見て、ジョットはやれやれと苦笑してランボルギーニに顔を向ける。
『二部屋で頼む。ユキには眺めのいい部屋を整えてくれたんだろう?』
『もちろんでござ『待って!』
笑顔で頷こうとしたランボルギーニを、ユキが大声を上げて遮った。
驚いて目を丸くしているボスと管理人に見つめられたユキは、真っ赤な顔で口を何度かぱくぱくさせた後、思い切ったように叫んだ。
『一部屋でいいです!荷物全部運んでください!』
* * *
やってしまった…。
という顔をしている、と主寝室のベッドの前で立つユキを見てジョットは苦笑いを噛み殺した。
荷物を全部置いてランボルギーニが部屋を出て行ってから、微動だにせずベッドを凝視している。
その様子は見ていて面白いのだが、この展開はジョットとしても複雑だ。
『ユキ』
名前を呼んで肩に触れると、ぴくん、と震える。
まだ赤い顔のまま、恐る恐る見上げてくるユキにジョットはふっと笑いかける。
『無理するな。いくらなんでもここまでする必要はない』
『でも、屋敷の中も覗かれない保障はないって、Dが…』
たしかにそうだが…Dめ、余計なことを言ってくれたものだ。
ジョットはユキの頬を撫でながら意地悪く笑って見せる。
『パーティに来ていたマフィアの妻や娘達は貴族とまではいかないが、上位中産階級以上だ。だから結婚前に同じ部屋に泊まる方が非常識という考えだと思うぞ』
『そうなの!?』
目を丸くして驚くユキの頬が、再び赤く色づき始めた。
トン、と肩を押すと細く軽い体はあっけなく傾いで、ユキはベッドの上にすとんとしりもちをついた。
その肩をさらに押すとユキは短い悲鳴を上げてベッドに倒れ込み、茶色の髪がシーツの上に散った。
『まぁ俺は貴族ではないし、マフィアにそんなことは関係ないがな』
顔の横に手をついて上から見下ろすと、驚きに見開かれたマホガニーの瞳と視線が絡み合う。
ジョットを見上げているユキの目が、心なしか潤んでいるような気がしてごくりと喉が鳴る。
冗談が冗談でなくなりそうで、ジョットは歯を食いしばって戦った。自分と。
そもそも冗談のつもりだったかすら、怪しくなってくる。
『あ、の……ジョット…?』
ユキの強張った掠れ声が耳に甘く届き、ジョットは崩れ落ちるようにユキの上に倒れ込む。
きゃっ、と驚いたユキが身じろぎするのを落ち着かせるように、頭を撫で、体を起こす。
再び見下ろしたユキは、可哀相なほど真っ赤になっている。
『怖がらせてすまない。何もするつもりはない。けれど…部屋は別にした方がいい』
立ち上がってユキの腕を引っ張って体を起こすと、ベッドに座り直したユキが慌てたように顔の前で手を振る。
『大丈夫だよ!作戦のためには一緒の方がそれっぽいでしょ。それに私…ジョットのこと信用してるし』
『それは有難いが、この件に関して言えば俺は誰よりも…俺を信用できない』
ジョットは笑ってユキの頭をくしゃくしゃと撫で、背を向ける。
まだ日も高いうちにこれでは、無理だ。
ユキが無意識に安心したような息を吐くのが聞こえた。
作戦のため…そう言ったのは俺だ。
それは間違ってはいないが、そう言ったことでユキを苦しめているような気がするのは、自惚れだろうか。
少し外に出てくると告げて、ジョットは部屋を出た。
敷地内を一周して戻ると、ユキはもう部屋にはいなかった。
春風が吹き去った後のような、ふわりとした花の香りが残っていただけだった。
(積もり積もって、溢れ出しそうで)
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