恋物語番外編 | ナノ


理解しました。どう理解した?


 暇ができたので、本でも読もうと図書室の扉を押し開けて思わず足を止めた。

 誰もいないと思っていた図書室に響く、男女の声が聞こえたからだ。








。どう理解した








『男が女に口紅を贈るのは、それをつけた唇にキスをしたいからだと言いますが…っとなまえ、動かないでください』

『んう』


 なまえとDが、図書室のソファに並んで座っていた。顔を向い合せて、Dはなまえの頬に手を添えて、半開きの唇に紅を塗り付けていた。

 塗り終わると、Dが上体を反らせてできるだけ遠い位置からなまえを見ると、僅かに顔を顰めてタオルを手に取った。


『これも違いますね。拭いてください。…やはり先ほどのベージュにローズピンクを混ぜましょう』


 そう呟いて、Dは化粧道具の入った箱に手を伸ばす。

 どうやら明日のキャバッローネ主催のパーティの化粧の話のようだ。斯く言う自分も先ほどまで会場である本部で準備を進めていたのだが、己の右腕であるリナルドに『後は任せて一旦屋敷でお休みください』と馬車に突っ込まれてしまった。

 キャバッローネの主催である以上、自分がそこまで準備に関わる必要はなかったのだが、会場がボンゴレ本部なのでついつい自分の仕事であるように考えてしまっていた。


『うん、いいでしょう。これなら琥珀色のドレスによく合うはずです』

『見たい。鏡貸して』


 渡された手鏡を覗き込むなまえは、唇だけでなく顔全体に化粧が施されているようで、いつも以上に目が大きく見え、頬はほんのり色づいている。


『服を贈るのは脱がせたいから、ネックレスを贈るのは首輪をつけたいから』


 Dはゆったりと笑いながら、いくつかのネックレスをなまえの首にあててみせ、なまえはその中で小ぶりのルビーがついたものを選んだ。

 自分が買ったものではないのに高い服や装飾品を与えられるのを嫌がるなまえだが、ボスがパートナーに選んだ以上はボンゴレの名に恥じない格好をと思っているらしい。


『髪飾りを贈るのは外してその髪を乱したいから、絵画を贈るのは自分以外の人間を見るのを許さないから…』

『それ、どこからがDの持論なの?』

『ヌフフッ、一般論ですよ』


 聞いたことがない。そんな一般論。


『そうですね…。なまえは紅茶を贈られたらどういう意味だと思いますか?』

『どう、って…一緒にお茶を飲みましょう、とか?』

『違います。紅茶を贈られたら、それには大体惚れ薬が入っています』

『絶対嘘だ』

『本当ですよ』

『じゃあDは、林檎をプレゼントされたらどういう意味だと思う?』

『そうですね…。アップルパイが食べたい、ですかね』

『違うよ。うさぎにして返して、だよ』

『それは…結局プレゼントではないじゃないですか』


 唐突に理解した。

 これは【くだらない話】だ。

 なまえとDがよく話している、他愛もない雑談。それを何故か2人が【くだらない話】と称しているのは知っていた。

 だが実際に目の当たりにして、そのくだらなさに驚いた。

 なまえはともかく、Dがこんな会話をすることが意外だった。

 もしジョットや自分達守護者がそんな会話を振ろうものなら、バナナの皮を剥けない猿を見るような視線を向けられることは間違いない。



 【くだらない話】と言ってはいても、もう少し中身のある話をしていると思っていた。



『感謝の気持ちを伝えるには、何を贈ったらいいのかな?』

『感謝ですか?』


 うん、と頷いてなまえはふわりと微笑んでDを見つめる。

 完璧に化粧された横顔。今はいつもの仕事着だが、明日彼女はドレスを着てパーティに出る。





『緊張している私の話し相手になってくれた、D・スペードに感謝の気持ちを伝えるには…何を贈ったらいいと思う?』





 【くだらない話】に意味はない。

 だが、なまえにとってはどんなにくだらなく、中身のない話でも、嬉しいのだ。

 なまえだって緊張するのだ。

 ジョットのパートナーとして、ボンゴレの同盟ファミリーに紹介される。

 緊張しないわけがないのに。

 
『そうですねぇ』


 Dが、顎に手を当てて考えるしぐさをする。


『チョコレートのシフォンケーキがいいのではないでしょうか』


 もし、【くだらない話】の相手となってきたDだからこそ、なまえの微かな緊張に気付いたのだとしたら。

 それでなまえが、こんなにも嬉しそうに笑っているのだとしたら。


『いいかもしれないね。考えておくよ』








 それはなんとも…妬ける話だ。






。どう理解した





(もちろん今日の夕食後には、クリームをたっぷり添えた、シフォンケーキが並ぶはず)





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