恋物語番外編 | ナノ


仮面に込めるインウィディア 1


 その夜会は、イタリアではなく、フランス・パリで行われていた。

















 貸切られたクラブの、少し暗めの照明。

 夜会用の衣装に身を包んだ招待客を眺めながら、Gは適当に取ったシャンパングラスに口をつける。

 その顔には、両目と顔の右側を覆う銀灰色の仮面が鈍い光を放っていた。


(なんでこんなものに参加しなきゃならねぇのか…)


 心の中で溜め息をついて、視線だけで会場を見渡す。

 今夜行われているのは【仮面舞踏会】。招待客、給仕、演奏家等々、この場にいる者は全員仮面をつけている。

 仮面があろうがなかろうが、舞踏会などというものは普段は避けるGなのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。

 Gが受け持っていた、【今度の選挙で上院に立候補しようとしている貴族が、政治献金とは名ばかりの賄賂を受け取っている】件についての証拠を、ここで受け取ることになっているからだ。

 内部告発のため、相手側も自分が証拠を渡したと知られたくないらしく、素性を隠して参加できる今夜の仮面舞踏会を指定してきたのだ。


『G様』


 すっと後ろに立った男に、Gは視線を合わせずに小さく顎を引いた。

 黒の仮面を付けた、武骨な男。今は仮面舞踏会の給仕を装っているが、G直属の部下であり警備班副班長のタノだった。

 タノは周りに聞こえないように、口をほとんど動かさずに言葉を発した。


『なまえ様のご準備ができました』

『そうか』


 答えて、シャンパンをこくり、と飲み下し、タノが持っている盆に空のグラスを置く。

 告発者から送られた招待状は、当然のことながら同伴者が必要なもので、女性構成員がGと共に参加するはずだった。

 だが手違いで、出発当日になって手配ができていないことが判明したのだ。

 前日まで他の仕事に追われていたので、即出発しないと間に合わない。

 そう判断したGは、屋敷の玄関で靴を磨いていたなまえの腕を掴んで馬車の中に突っ込んだのだった。


 ざわ、と会場内の様子が変わったのを感じ、Gは入り口に目を向けた。

 なまえだった。扇で口元を隠し、Gの仮面と同じ銀灰色の、胸の開いたドレスを着ていた。藍色の仮面は、左側だけ大輪の花ような形をしている。

 事前の打ち合わせ通り、不機嫌そうな、近寄りがたい雰囲気を見せているなまえに、気づかれない程度に安堵する。

 なまえはまだ、フランス語が流暢に喋れるとまでいかず、会話をするとぼろが出る。仮面と化粧で誤魔化してはいるが、あまり近くで見られれば日本人であることもばれてしまう。


(まぁ、告発者に接触して証拠の資料を受け取って、すぐ退散すればいい。なんとかなるだろう)


 周りには目もくれず、真っ直ぐGの方に向かって歩いてくるなまえを見ながらそう思っていると、タノが新しいシャンパンを差し出しながら呟いた。


『G様。自分、困ったものを見つけてしまいました』

『なんだ?』


 甘いシャンパンを飲みながら、ふとタバコが吸いたくなる。

 視線を向けると、武骨であまり表情の変わらないタノが、珍しく困惑した表情を浮かべていた。





『指示をください。どうすれば良いのか、自分には皆目見当がつきません…』





 銀色の盆で示された先には、帽子付きのヴェネツィアンマスクを着け、細身のタキシードを着こなした、金髪の男。

 Gはシャンパングラスを落としたが、床に落ちる前にタノが受け止めた。

 真っ直ぐなまえを見つめている金髪の男。仮面の奥の瞳は、間違いなくオレンジ色だろう。








『あの、馬鹿やろうが…』








 そりゃあ、無断で連れ出したのは悪かったがよ。






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