プロミス イズ プライスレス 1
『そうか…出て行くのか…』
プロミス イズ プライスレス
食堂の前を通りかかった時、耳に苦く響いた声に、ランポウは思わず足を止めた。
換気のために開きっ放しにしてある食堂の扉から顔を覗かせると、声と同じくらい苦い表情で湯呑に口をつけるGの姿と、向かい側に座っているなまえの背中が見えた。
涼しげな硝子の皿に載った、茶菓子の葛饅頭に一瞬目を奪われたが、小さく息を吐くなまえの肩が心なしか落ちている気がしてつい聞き耳を立てる。
『もう、ここにはいられないと思うの…』
なまえの口から発せられた言葉に、ぞっと寒気が背中を駆け抜けた。
ここにはいられない?
じゃあ今Gが出て行くと言ったのは…なまえのこと?
どういうことなんだものね…?
なまえが、ここを出て行く?
『プリーモには、言ったのか?』
Gが重苦しい声で問うと、なまえは緩く首を横に振った。
それを見てGは眉間の皺を一層深くして目を伏せた。
『あいつが…納得するかどうか…』 『そんなこと言っても…もう決まったことなのよ。ジョットが反対しても、もうどうすることもできない』
もう決まったこと。
そう言ったなまえに、ふつふつと怒りが湧き上がった。
決まったことって、なんなんだものね。
一言の相談もなしに、出て行くことを決めるなんて。
そう思った時、次に湧いたのは深い悲しみだった。
ここにはいられないと、なまえがそう思う何かがあったのだろうか。
なまえは、ここでの生活が嫌になってしまったのだろうか。
自分達のことが、嫌いになってしまったのだろうか。
鼻の奥がつんとして、目頭が熱くなったと思ったら、みるみる視界が曇ってきた。
涙を湛えた目をかっと見開いて、ランポウは半分開いていた食堂のドアを思い切り引いた。
物音に気付いて、なまえとGが驚いた顔をこちらに向けるのを見て、涙が零れた。
『なまえの、っ、ぐすっ…っなまえのぉっ、バカったれなんだものねーっ!!』
叫んで、逃げた。
* * *
『待って!ランポウ!』
『着いてっくんなだものねっ!』
屋敷の外へ出ると、なまえの声が背中に聞こえた。
なまえは意外と足が速い。それでも普段なら捕まらないが、泣いた所為で息が荒い今は足が上手く動かない。
敷地内の原っぱへ続く道を走り抜けようとすると、前方に人が現れた。
すらりと背の高い、片側だけオールバックの黒髪、灰色の瞳のなかなかの美形だ。
確か、この屋敷の警備班長…と目の前の人物を思い出していた時、なまえが慌てたような声を上げた。
『リナルドさん!ランポウを止めてっ!』
『失礼。ランポウ様』
『どわぁっ!!』
警備班長の横を通り過ぎようとした時、いきなり足をかけられた。予想外のことに反応が遅れ、顔から地面に着地した。
鼻をしたたかに打ち、涙目になりながら体を起こそうとすると、腰の辺りに柔らかい腕が回された。
地面に肘をついて首だけを後ろに向けると、なまえの笑顔で視界がいっぱいになった。
『捕まえたっ』
『ちょ、なまえっ!』
『逃げないって約束するなら放してあげる』
腰に抱きついたまま屈託なく笑うなまえを見ていると、先ほどまでのぐしゃぐしゃになった気持ちが薄れていく。というか、毒気を抜かれたような気持ちになる。
『…わかったものね。逃げないから起きるんだものね』
『是非そうしてくださいお2人とも。これ以上お召し物を汚さないように』
警備班長・リナルドが呆れたような声を上げて、なまえの手を取って立たせる。なまえの腕が腰から離れると、自分も起き上がって服についた土を払う。
まったくなんでこんなことに…と思っていると、なまえが思い出したように顔を上げた。
『リナルドさん、あの子は?』
あの子?と首を傾げると、リナルドは少しげんなりした表情を浮かべる。
『やっと落ち着いてくれました。やはり私ではなまえ様ほど心を許してくださらないようで…』
『今は特に警戒心が強いから仕方ないわ。じゃあ今は…『ねぇ、何の話?』
遮って訊いてみると、なまえに袖をくいくいと引かれた。
『ランポウも一緒に会いに行こう。貴方の勘違い…全部説明するから』
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