恋物語番外編 | ナノ


隣見れば、蒼穹 1






 人を殺して戻るには、あの屋敷はあたたかくなりすぎた。

 いつでも灯りがついていて、綺麗に掃除がされている。

 玄関のドアを開ければなまえがおかえりと言って駆け寄ってくる。








 それが怖くて、帰れない。
















 捕らえていたスパイが、部下の不注意で逃げ出した。

 ボスを横目で見て、頷きという名の許可を得て追いかけた。



 追いかけて、仕留めた。



 大した情報を持っていないことはわかっていたから、殺した。

 返り血なんて浴びない。

 銃で一発。

 一人の人間が死にゆく感触など、何一つ残らない。





 逃げるものを追い、殺すのは狩りに似ている。

 肉を得るための狩りではなく殺戮のための狩りに近い。



 この殺しに意味がないわけではない。

 生かしておけば禍根が残る。





 すべてはボンゴレのため。








 ボンゴレのために、俺は今日人を一人殺した。





* * *





 Gは自分の手を見下ろした。

 雲の隙間から差し込む月明かりに、屋敷の敷地内の原っぱが照らされる。

 なぜここへ来たのかは覚えていなかった。

 きっと何も考えていなかったのだろう。

 ただ屋敷に戻りたくなくて、ふらふらとここへ来た。



 屋敷に戻れば必ずいる、あの娘と顔を合わせたくなくて。





 たまに、自分がどうしようもない人殺しの顔をしているのが、Gにはわかった。

 それはいつものことではなく、どんな時に起こるのかは未だよくわかっていない。

 ひとつわかるのは、人を殺した後に感じる虚無感。それをいつも以上に強く感じているときに、それは起こった。

 興奮しているわけではない。良心の呵責に苛まれているわけでもない。





 ただ、今自分は人殺しの顔をしている。


 それだけが、漠然とわかるのだ。





 たぶんこの現象は、自分だけが感じているものではないのだろう。

 なまえが現れるより前の屋敷では、そういう時はお互いなんとなく察知して、そいつが無言で自室に引きこもっても誰も何も言わないし、自分がそうした態度をとっても何かを言われたことなどない。

 だが、なまえはその様子が変だと気づくだろう。気づいて、心配するだろう。

 それは避けたかったし、何よりこの顔をなまえに見せたくない。

 人殺しの顔だとわからなくても、勘のいいなまえはきっと何かを感じる。









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