恋物語番外編 | ナノ


それは何のために? 1





 ぱたぱたと軽い足音が聞こえ、ジョットは胸の前で掲げた両手をゆっくりと下した。

 指を合わせて作った三角を解くと、周囲の音が少しだけ大きくなったような気がする。

 風の流れる音。鳥の囀る音。



 段々と近づいてくる足音を聞き体ごと振り返ると、緩やかな下り坂となった小道を小走りでやってくるなまえの姿が見えた。

 相変わらずマホガニーのような濃い茶色の髪は背中に流し、いつものように袖を肘まで捲り上げたシャツと動きやすそうなズボン、腰下タイプのエプロンをつけている。

 大きなバスケットを持った彼女は、ジョットと目が合うとにっこり微笑み、大きく手を振った。


『お疲れさま!お昼にしよう』














『ジョットって梅こぶ茶は好きなのに梅干しは嫌いなんだ』


 とてもおかしそうに笑いながら、なまえは3つ目のおにぎりを持ったジョットにお茶を手渡す。

 ジョットは礼を言って受け取ってから、中身が覗くおにぎりを再び口に運ぶ。


『嫌いなわけじゃない。ただ…いきなり口の中に入ってくるとすっぱいだけだ』


 中身を聞いてから食べれば大丈夫だったんだ、と憮然とするジョットを見て、なまえはくすくす笑いながら皿におかずを取り分ける。

 なまえが持ってきたお弁当は、バスケットには似合わない和食だった。

 今日は、守護者は皆出かけているし、天気もいいからと急遽作ったと言う。



 鮭と梅干しのおにぎり、昨夜の残りの肉じゃが、鰤の竜田揚げ、卵焼き、菜の花の塩茹で、うどのきんぴら。



 急遽でこれだけのものが作れるのか、と相変わらず感心する。

 地面に敷物を敷いて食器やお茶を並べ、お弁当を食べる。まるでピクニックだ。


(ピクニックなんて…子どもの頃以来じゃないか)


 なんとなくくすぐったいような気持ちになりながら、ジョットは次々と箸を進める。

 どれも思わず頬が緩むほど美味かったが、甘い醤油の香りのする肉じゃがを口に運んだ途端、ジョットは目を見開いた。


『ん!』

『ん?』


 思わず唸るジョットに、なまえは驚いたように目を瞬かせる。

 なまえもちょうどきんぴらを口に入れたばかりだったため、二人はしばらく肉じゃがときんぴらを咀嚼する。


 もぐもぐもぐ。

 ごっくん。


『なまえ、この肉じゃがは本当に昨日の残り物なのか?』

『うん。そうだよ』

『しかし…昨日の肉じゃがも美味かったが、これはそれよりずっと美味いぞ』


 皿の上の肉じゃがを凝視するジョットを見て、なまえは嬉しそうに目を細める。


『そんなに褒められると嬉しいな。一晩経って味が滲みたんだよ』

『なるほどな…』

 そう言って肉じゃがを口に運ぶなまえを見て、ジョットは納得したように頷いた。

 ぽかぽかとした陽気と穏やかな風に包まれるなか、しばらく弁当を堪能していると、お茶を飲んだなまえがほっと一息つく。


『カレーも一晩寝かせた方が美味しいよね。こっち来てからやったことないけど』

『なんでだ?』

『だってその日のうちに皆が全部食べちゃうから』

『あぁ…。やったな、おかわり争奪戦』

『そうだよー。夕食に出さないで一晩寝かせようと思っても、作ってる最中に見つかっちゃうし』

『それは仕方ない。あの匂いは人を引き寄せるからな』


 しみじみとジョットが言うと、なまえは思い出したようにくすくすと笑う。


『カレーを作ると皆キッチンに集まるよねぇ。アラウディさんも来た時はびっくりしたけど』

『あぁ。俺が最後だったときか』


 ジョットも思い出し笑いを洩らす。

 屋敷に戻ると、とてもいい匂いがしてふらふらとキッチンに向かうと、守護者全員がカレーの寸胴をかき回すなまえの周りを囲んでいた。

 何やってんだと呆れたが、よく考えたら自分もこいつらと同じ理由でここに来たのだと気づいて笑いが込み上げてきたのを思い出す。



 寸胴に指を突っ込もうとするランポウの頭をGが叩く。

 猛烈に腹が減ってきたと叫ぶナックルを雨月が宥める。

 アラウディとDが、こっそり寸胴に林檎とチョコレートを入れようとする。

 なまえが振り返り、俺に気づいて笑顔で味見用の小皿を差し出してくる。



 そんな光景が、最初は新鮮だったけれど、今はもうあたりまえになった。


『ねぇジョット…』





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