恋物語番外編 | ナノ


マフィアに捧げる睡蓮の花




 馬車を降りたまではよかった。

 扉を開けて玄関に足を踏み入れたなまえは、まるで長旅から帰ってきたかのように、屋敷の匂いをめいっぱい吸い込んだ後、その場にばたっと倒れた。

 ジョットが慌てて抱き起こすと、なまえの体はびっくりするほど熱かった。








『傷口が熱を持ってるんだ。寝かせておくしか方法はない』


 なんとか自力で着替えたなまえがベッドに入るのを見届けてから廊下に出たジョットに、Gが言う。

 パーティで、なまえがキャバッローネの暗殺者によって負わされた傷はそれなり深い。ボンゴレの医療班が完璧な治療を施しはしたが、傷口から菌が入るのを阻止しようという自然治癒行動を止める術はない。

 ジョットはドアを閉めて、Gの方に向き直った。お互いまだパーティの正装のままだったが、ジョットの右腕は屋敷に着いて早々に首からネクタイを取り払っていた。


『寝ておくだけで大丈夫なのか? 呼吸も荒いし、辛そうだぞ』

『熱が出てるんだから当然だろうが。傷の様子は今のところ良好だ。問題ない』


 ジョットは眉間に皺を寄せて頷いた。右腕の言うことに疑問はないが、それでも心配なことに変わりはない。


『マフィアになったばかりのあいつにとっては、人生で初めて経験する類の怪我だろう。治すには体力を使うんだ。しばらく寝かせてから、また様子を見に行ってやれ』





 何気なく言ったのだろうGの言葉は、予想外の鋭さを持ってジョットの胸に刺さった。





* * *





 ノックに返事はなかったが、ジョットは少し逡巡してからゆっくりドアを開けた。

 なまえの部屋は暗く、ベッドの傍のサイドテーブルの上のランプがぼんやりとした灯りを燈しているだけだった。

 椅子に座って、持っていた水盆をテーブルに置く。花壇の花はなまえの許可なしには切れないと警備班が言うので、池で採った睡蓮を浮かべて持ってきたのだ。

 静かな寝息を立てるなまえの顔は、熱のせいかほんのりと赤い。

 思ったよりひどい怪我ではない。それは聞いていたしわかっていた。だがGが言った言葉が頭の中でずっとぐるぐる回っていた。

 なまえは平和な時代の、平和な国で生まれ育った。マフィアの感覚では軽傷でも、彼女にとっては人生で一番大きな怪我だろう。傷だって残るかもしれない。

 それに気づかなかった。否、気づいてはいたが、大したことではないと思っていた。他でもない彼女が、大したことがなさそうにしていたから。


『怒ったって、よかったんだぞ』


 眠るなまえの前髪を指で払う。ほとんど強制的にパーティに連れて行った挙句に怪我させられたのだ。ドレスだって血で汚れた。

 痛かっただろう。気を失うほどだったにもかかわらず、一言だって恨み言を言わなかった。それどころか、目覚めたなまえが最初に確認しようとしたのはジョットの無事だった。

 少し開いた唇に触れる。呼吸は落ち着いていたが、やはりまだ熱は引いていない。


『お前に、守ってもらうなんてな』


 ずっと守ってやると、そう思っていた。

 マフィアとして生きると決めた彼女を、あらゆる危険から守ってみせると、思っていた。

 だが、守られたのは自分だった。そして守った彼女は笑っていた。


『一方通行じゃないんだよな…』


 ジョットはなまえを守る。そう誓った。そしてなまえも、ジョットを守ると、そう自分自身に誓ったのだろう。

 それが、どうしようもなく嬉しかった。

 なまえは弱かった。だが、ずっと弱いままではない。その証拠に彼女は今日パーティの参加者全員にマフィアの資質を見せつけた。

 誇らしかった。同時に、心の隅にあった、意地のようなものが消えた…ように思うのは、目の前にいるなまえが眠っているからかもしれない。

 女性だから、弱いから、好きだから。

 そういった理由で、なまえを一方的に守らなければならないと思っていた。


『なまえ』


 眠る彼女に笑いかける。








『俺を、守ってくれ。俺も、お前を守るから』






 

 マフィアとしての、心からの信頼を君に。








マフィアに捧げる睡蓮の花








(ジョット、ボンゴレ法第3号17条【なまえの見舞いは一人一回につき15分】により、時間切れでござる)

(あぁ、わかった)

(ん…あれ、ジョット?)

(ッ! 起きたかなまえ。雨月、もう少し…)

(時間切れでござる)

(……)





* * *


70000を踏んでくださった秋様リクエストのジョット夢です。
主人公さん風邪ネタとのことだったんですが、せっかくなのでパーティ編直後の話にさせていただきました。風邪じゃないですが熱で倒れました。
主人公さんは寝っぱなしで(^_^;)ジョット様の独白な感じです。
最後のセリフは、主人公さんが起きていたらジョット様は口に出さないと思います。そこはまだ片想い中なので。
ジョット様がお見舞いに水盆を持ってくるという話をベースに書いていたらこんな感じになりましたが、よろしかったでしょうか。

秋様リクエストありがとうございました!




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