サン・ヴァレンティーノに感謝を
ぽとりぽとりと、小雨のような雪が降る午後。ボンゴレ屋敷のボスの自室には、部屋の主であるジョットと、雲の守護者であり門外顧問であるアラウディがいた。
『門外顧問機関に同盟ファミリーからも人を集めるという話は、やはりなしだな。アルが人数を増やしたくないと言っている以上は仕方ないと思っているぞ。うん。だが本部とは別に拠点を建てる計画は…』
『ねぇ、なんのつもり?』
書類を渡しにきた自分を、強制的に座らせて、先ほどからひっきりなしに喋っていたジョットを遮る。
必要な話かと思って聞いてみれば、三日前に会議で話した内容そのままだったから、眉間に皺が寄る。
ジョットは口を閉じ、あー…とかうー…とか言いながら目を泳がせた。なんなんだ。
それと先ほどから気になっているのが、ジョットが先ほどから喋る合間に口に運んでいるケーキだ。
艶やかなチョコレートのホールケーキ。ジョットがフォークを入れた断面を見ると、ココアスポンジと真っ白なクリームが層になっている。
何故ホールケーキを一人でぱくぱくと食べている男から、一度聞いた話を聞かされなければいけないのだろう。
ホールであるにもかかわらず、こちらに勧める様子もない。断じて欲しいわけではないが。
『15分か…予定より5分短いが、仕方ないか…』
『聞いているの? これ以上くだらない話をするなら帰るよ』
懐中時計を取り出して苦笑いするプリーモを睨み付けると、彼は軽く首をすくめて廊下へ続くドアに目をやった。
『すまなかったな。だがアル、自分の部屋に帰るなら少しゆっくり帰ってくれ』
『意味がわからないよ。プリーモ』
無駄な時間を過ごされられたことに苛立ちながらも、足早に中央階段を挟んで反対側にある自室へ向かう。
だがその中央階段を上ってきた人物を見て、思わず足を止めた。
相手はアラウディに気づくと、上段に乗せていた足を下ろして礼を取った。
『やぁ、ダンジェリ』
『アラウディ様』
『珍しいね。屋敷の中にいるのは』
黒髪に灰色の瞳の警備班長、リナルド・ダンジェリは階段を上りきってアラウディの前に立つと、微笑を浮かべた。
『はい。ここで足止め…いえ、待機を命じられましたもので』
『待機? まぁいいけど、ねぇダンジェリ。君、僕の部下になる気になった?』
以前から何度か投げ掛けていた質問に、リナルドの顔が僅かに引きつった。
ボンゴレに入って一年弱で右腕の右腕に登り詰め、精鋭を束ねる警備班長となったリナルドは、ボンゴレの他の部隊や同盟ファミリーからの勧誘が絶えない。
一人でボンゴレの精鋭20人分の働きをする男は貴重だ。
リナルドは眉を下げ、苦笑いを浮かべた。
『何を仰います。アラウディ様の側近は、ルティーニが努めているではありませんか』
言われて、あどけない少年の顔が頭の中に浮かぶ。アラウディの、諜報機関時代からのではなく、ボンゴレ初の部下である少年だ。
『確かに、思っていたより使えるけど…ルティーニはなまえに仕えるために僕のところにいるんだよ。僕に忠実なわけじゃない』
『そういうわけでは…ないと思いますが』
困ったような顔をするリナルドの後ろで、扉が開いた。
はっと振り返ったリナルドが、アラウディの視界を遮るように体を傾けたが、アラウディはぎゅっと眉を寄せてリナルドを押し退けた。
『お待ちください! アラウディ様!』
リナルドの声を無視する。
開いた扉は、アラウディの自室のもので、出てきた人物はリナルドの声にびくりと肩を震わせた。
アラウディと同じプラチナブロンドと薄い青の瞳。小動物を思わせる少年、ファビオ・ルティーニは、つかつかと近づいてくる現上司の姿を見留めると顔を真っ青にした。
『あ…アラウディ様…』
『僕の部屋で何をしているの?』
『あ、あの、それは…』
今にも泣き出しそうな顔で、ファビオはアラウディを見上げた。
アラウディは眉間の皺を深くすると、すっと右手を上げた。ファビオがびくりと首を竦める。
『待って! アラウディさん待って!』
『なまえ?』
アラウディの部屋から飛び出してきたなまえに、驚いて手を止める。
なまえはアラウディとファビオの間に立って、眉を下げて微笑んだ。
『ジョットとリナルドさんでも、アラウディさんの足止めは難しいんですね…』
『何の話? 僕の部屋に勝手に入って…ただで済むと思ってるの?』
『待ってくださいっ!』
声を低くするアラウディと、なまえの間に慌てたようにファビオが体を押し込んだ。
『僕がボスとなまえ様にお願いしたんです。アラウディ様に、お渡ししたいものがあって…』
『渡したいもの?』
怪訝そうにアラウディは目を細める。その視線に射抜かれたように半歩下がったファビオの肩に、なまえが笑顔で手を置いた。
『バレンタインデーですよ。アラウディさん』
『バレンタインデー?』
『サン・ヴァレンティーノのことですよ』
後ろにずっと控えていたらしいリナルドが、穏やかな笑みを浮かべた。
あぁ…とアラウディが呟くと、なまえがにっこり微笑んでファビオの背中を叩いた。
『取っておいで、ファビ』
『は、はいっ。なまえ様』
跳ねるようにアラウディの部屋に入ったファビオは、すぐに小さな包みを持って戻ってきた。
アラウディとまったく同じ色の髪と瞳を持つ少年は、僅かに震える手で包みを差し出した。
『なまえ様が、サン・ヴァレンティーノは感謝の気持ちを伝えても構わない日だと教えてくださったので…これをっ!』
包みを鼻先に突き出され、アラウディは目を丸くした。
『門外顧問機関の皆で、用意しました。でも、直接渡しても受け取ってくださらないと思って、なまえ様にご相談して…こっそりお部屋に準備をと…』
言っているうちにどんどん声が小さくなっていってしまったファビオは、頭を振って顔を上げた。
『アラウディ様のおかげで、僕は前よりずっと、ずっと強くなれました! 門外顧問機関に所属して、たくさん経験を詰ませていただけて感謝しています! だから…っ、だから…』
『もういいよ』
目を伏せて差し出された包みに手を乗せると、涙を溜めた青い瞳がきょとんと見開かれた。
アラウディは短く息を吐いて、ファビオの手から包みを取り上げた。
『もらっておいてあげる』
『は、はいっ。ありがとうございます!』
『うるさい。静かにして』
『も、申し訳ありません…。あの、僕はこれで失礼します。なまえ様、ダンジェリ様、ありがとうございました!』
ぺこぺこと慌ただしくお辞儀をして、少年が戻っていくと、なまえがアラウディの袖を引っ張った。
『私からも、アラウディさんにサン・ヴァレンティーノの贈り物です』
いつの間にか、なまえは真っ白な皿を持っていた。その上には、綺麗に並べられたチョコレート。
普通のチョコレートと違うのは、その形がいつもアラウディが彼女に剥いてもらう、兎林檎だということ。
『君が、作ったの?』
『はいっ』
頑張りました、と微笑むなまえを見て、アラウディは自分の口元が緩むのに気づいた。
それに気づかれる前にと、皿を持ったままのなまえの腕を取り、控えたままのリナルドを振り返る。
『ダンジェリ、酒の用意をして。カルヴァドスがいい』
『かしこまりました。それではキャバッローネセコーンド様からいただいた、ポム・プリゾニエールを』
『え? お酒の用意なら私が…』
言いかけるなまえを、アラウディは腕を引いて遮った。
部屋の中に入り、チョコレートを持ったままの彼女を、ソファに座らせる。
『君も、飲むんだよ』
『でも私お酒は…』
『僕の酒が飲めないって言うの?』
目を細めると、困ったように笑うなまえ。
『勝手に僕の部屋に入った分、付き合ってもらうよ』
そう言って薄く微笑んだアラウディは、皿の上のチョコレートに手を伸ばした。
いつものように、兎の頭部に唇を寄せ、歯を立てる。
今日の兎は、一段と甘かった。
サン・ヴァレンティーノに感謝を
(食べている途中、プリーモのホールケーキを思い出した。そういうことか)
※カルヴァドス…フランスのノルマンディー地方で造られる林檎の蒸留酒 ※ポム・プリゾニエール…林檎が丸ごと一個瓶の中に入れられたカルヴァドス
* * *
15万打企画でやった好きキャラアンケートで上位5人でバレンタインです。 1位はジョット様なんですが、今回はアラウディさんに贈るバレンタインのお話にしました。 ただ最後のセリフをアラウディさんに言わせたかっただけという理由があります(笑) 主人公さんは今回はちょっと脇役気味で(^ω^*) 恋愛のバレンタインというより感謝のバレンタインです。
それぞれで書くつもりが、結局5人詰め合わせになってしまいました(汗) でもバレンタインなので、皆様に5人の詰め合わせをリボンをかけてお届けします。読んでくださりありがとうございました!
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