恋物語番外編 | ナノ


たまにはジェラートのように甘く


『暑っち…』


 呟いたとほぼ同時に、こめかみからつぅっと汗が流れ落ちた。

 今年の夏は特に暑い。イタリアには珍しく湿度も高く、蒸すようなじとりとした暑さだ。

 あまりの暑さにシャツの裾を軽く振る。咎める者などいやしない。
 
 ここはボンゴレファミリーのボスと守護者が住む屋敷、自宅なのだから。
 
 今日は誰も部屋から出てこないが、それは当然だ。ここのところ暑い暑いやる気がしないと言って溜め込んでいた書類を、総出で片付けさせているのだから。

 自分の仕事が終わっている二名も、一人は手伝うでござるとボスの部屋へ、もう一人も僕は暑いのは嫌いだと言って自室に引っ込んでいる。


『遅ぇな…』


 ぽつりと呟いて、Gは談話室のドアへと視線を向ける。

 すると静かにドアが開き、この屋敷のたった一人のハウスメイド…というより雑用全般をこなす日本人女性・なまえが顔を覗かせた。


『ごめんなさい。遅れちゃって』

『いや、かまわない』


 なまえは持っていたトレイをテーブルに置き、Gが自分の向かい側にあるソファを示すとふわりと微笑んで腰を下ろした。

 アイスコーヒーが入ったグラスに、氷がぶつかってからん、と音を立てる。


『ありがてぇな』


 手に取ったグラスの冷たさに、思わず相好を崩した。

 本当は熱いものを飲んだ方が暑気払いには良いのだろうが、今は冷たいものが欲しくてたまらなかった。

 冷たくて苦いコーヒーで喉を潤してから、Gはなまえに封筒を差し出す。

 なまえはミルクを混ぜていた手を止めて、それを両手で受け取った。


『今月の給金だ』

『ありがとうございます』


 どこか嬉しそうな様子に、Gは軽く眉を上げた。

 普段ならこんなに多くなくていい、とか何に使ったらいいのかわからない、とか言うのに。

 そんなことを思っていると、なまえが遠慮がちにこちらを見上げてきた。


『あのね、G。警備の人に聞いたんだけど、近くのボンゴレ管轄の街に…美味しいジェラートのお店ができたんだって』


 溶けた氷が再びグラスにぶつかり、音が鳴る。

 開いた窓から吹き込んでくる風は温く、なまえの額にも少し汗が滲んでいる。


『俺に馬車を出せってことか?』


 にやりと笑って訊いてみると、なまえはえへへと笑って舌を出す。

 近くの街といっても、徒歩で行ける距離ではないから、連れて行ってくれと言いたいのだろう。


『ごちそうするから、一緒に行かない?』

『そうだな…。たまには、いいかもな』

『やった! えと、それで…ね』

『なんだ?』


 まだ何かあるのか?という表情を読み取ったのだろう、なまえはちらりと上の方に視線を向ける。


『皆も、一緒じゃダメかな?』


 なまえの視線の先にある階では、今ごろ暑さにやられたボスと守護者達が各部屋で呻いていることだろう。


 書類を溜める奴らが悪い。

 暑かろうが寒かろうが、やらなければ仕事にならないのだと、がなり立ててデスクに縛り付けるのがボスの右腕である自分の仕事だ。


『ダメ…かな?』

『……呼んできてやれ』

『っ!ありがとうG!!』


 ぱぁっと顔を輝かせて、なまえが談話室から出て行く。

 階段を駆け上がる靴音を聞きながら、Gは氷が溶けきったコーヒーの残りを流し込む。



 たまにはいいだろう。これほど暑いのだ。

 甘いと笑われるかもしれないが、今日はそれほど暑いのだ。






 2階のドアが次々と開く音がここまで聞こえ、呆れつつも軽く笑いが零れる。

 その拍子に、グラスに浮いた水滴が膝に落ち、その冷たさに驚いた。








ジェラート



(ボスと守護者の皆様が来てくださったというのに、お金をいただくわけにはいきません!)

(でも今日は私が皆にごちそうするって言ったんです!)

(なまえ。店の人を困らせるな)

(ごちそう…したかったのに…)








* * *

お読みいただきありがとうございました。
30000打ありがとうございます。
そして素敵な夏を過ごしてください!



管理人・A2

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