恋物語番外編 | ナノ


弱火でじっくり三箇日


 なまえが、豆を煮ている。








弱火でじっくり三箇日








 新しい年がきた。新年だ。

 なのに、なまえは今日も豆を煮ている。


 元旦は、なぜかボスがやりたいと言い出した羽根つき大会が開催され、その後は屋敷で大宴会が行われた。

 テーブルの上にずらりと並んだイタリアの家庭料理以外に、ちょこんと置かれた真四角の重箱。日本の御節料理だった。

 みんなあまり食べないだろうけど、となまえは笑っていた。

 確かにボスと雨月さんは喜んでいたけれど、俺は日本料理は少し食べられれば十分だったから、イタリア料理がたくさんあって嬉しかった。でもお雑煮は絶品だった。

 まぁとにかく、何が言いたいのかといえば、なんでなまえは豆を煮ているのかということだ。


『なまえー』

『んー、なぁに? ランポウ』


 キッチンにいるなまえは振り向かない。

 点いているのかいないのかよくわからないほど弱い火の前に立ち、じっと鍋を見つめている。


『暇なんだものねー』

『うーん…ごめんね。今は鍋から目が離せないから…』


 申し訳なさそうな声を出しながらも、なまえは振り向かない。

 鍋を見ている。正確には、鍋の中の豆を。

 キッチンを出ながら、首を傾げた。

 あの豆は、元旦の日に重箱に入っていた豆と同じものを作ろうとしているのだろう。

 あの豆がどんなものか、実は知らない。重箱の中身を、よく見なかったからだ。

 元旦の日、なまえに御節を余所ってもらった。

 伊達巻食べる?とか、昆布食べる?とか聞かれて頷いて、お豆食べる?には首を振った。

 他の人が食べたのか、栗が食べたくなって重箱を覗き込んだときには、豆があったと思われる場所には何もなかった。


『どうしたランポウ、眉間に皺が寄ってるぞ』


 いつの間にかキッチンから談話室に戻ってきていたらしく、ボスに声をかけられた。

 アラウディさんと花札をしていた。


『なまえはまだキッチンにいるのか?』

『鍋から目が離せないって言われたんだものね』


 不貞腐れて言うと、ボスは不思議そうな顔をしたが、アラウディさんが花札から目を離さないままあぁ…と呟いた。


『プリーモ。なまえは豆を煮ているんだよ』

『あぁ豆を…。それなら仕方がないな』


 なんで?



 ここまでが、昨日のことだった。

 そして今日も、なまえは豆を煮ていた。

 昨日煮ていた豆はどこに行ったのか問うと、俺が不貞寝をしている間に、ボスと守護者の皆が食べてしまったらしい。


 なんなんだ。

 あの豆はなんなんだ。

 雨月さんが言うには、あの豆は弱火でじっくり煮て、煮汁が減りすぎないように見ていないと綺麗にできないのだとか。

 だからなまえはキッチンから離れられないのだということはわかったが、そんな面倒臭いものをなんで作らないといけないのか。

 それを聞くと、ボスと雨月さんは笑って、美味いんだ、と答えた。

 美味いって、ただの豆だろうと言うと、Dさんに鼻で笑われた。ヌフッっと。


『あれの美しさがわからないとは…やはりまだ子どもですね』


 豆が美しいってなんだそれ。わからないも何も見たことないんだものね。

 なんとなく苛々して、キッチンへと向かう。

 三箇日…つまり今日まではボンゴレは休みだ。なまえも最低限の家事以外は休みになっている。


『ばかなまえ…』


 明日になれば、また仕事の日々なのだ。なまえだって忙しく働くに違いない。

 だから、豆ばっか煮てないで休めばいいのに。

 かまって、くれればいいのに。


『ランポウ様。お待ちください』


 食堂へ続くドアに手を掛けようとして止められた。

 警備班長のリナルドが、申し訳なさそうに眉を下げてこちらを見ていた。

 普段ボスかGさんかなまえの許可を得ないと屋敷の中に入ってこない彼がいることに驚いていると、手袋をした手ですっとドアから手を離させられた。


『G様から、なまえ様が豆を煮ている間は誰にも邪魔させるなと言われておりますので』

『なっ!?』


 なんなんだものね! 豆!


 むかっ腹が立って、背の高い警備班長を睨みつけると、食堂のドアがすっと開いた。

 見ると、エプロンをつけたなまえが立っていて、目が合うとにこりと微笑んだ。


『リナルドさん。いいの。今日の豆はランポウのために煮たものだから』


 なまえが言い終わると同時に、リナルドは礼を取って下がり、自分は腕を引っ張られて食堂の中に入らされた。


『まだ冷まし始めて少ししか経ってないから、味がしみてないかもしれないけど』


 そう言って、箸と共に渡された小鉢。

 中を見て、目を見開いた。つやつやした皺ひとつない真っ黒の豆が、まるで大粒の宝石のように光っていた。

 これは食べ物なのか、と瞠目したが、なまえに促されて箸で摘んで口に運ぶ。

 口の中に広がる、ほんのりとした甘さと、ほくほくした舌触り。


『昨日食べさせてあげられなくてごめんね。豆のために寝ているところを起こすのもどうかと思って』


 なまえが笑う。

 起こしてくれればよかったのに、と思った。

 とても綺麗で、美味しい、日本の正月料理。


『こっちこそ、ごめん…だものね』


 感謝の気持ちも込めて、謝った。








 なまえと、それから、宝石みたいな黒豆に向けて。








黒豆ほっこり三箇日







(お。豆が出来てるじゃねぇか、なまえ)

(あげないんだものね!)

(はぁ!? ランポウてめぇ豆を一人占めするつもりか?)

(それはいけませんねぇ)

(そうだぞランポウ。豆は皆で分けるべきだ)

(あんたら昨日も食べたんだものね! これは俺の!)





* * *

123456を踏んでくださった葉月様リクエストのお正月話です。お正月ネタ……というかまさかの豆ネタ(^ω^;)
全員出したかったんですが撃沈しました(汗)ランポウメインのお話になりました。

季節はずれにならないうちにと少し慌ててしまいましたが、こんな感じで大丈夫でしょうか?
葉月様のみお持ち帰り可です!
リクエストありがとうございました(^∀^)

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