恋物語番外編 | ナノ


仮面に込めるインウィディア 2


『よく似合ってるぜ』

『そう?』


 眉を寄せたままのなまえの腰を抱き、頬に唇を落とす。

 くすぐったそうに目を細めるなまえに笑いかけると、背中に視線が突き刺さった。

 口元が引き攣る。

 あの帽子付きヴェネツィアンマスクの男は、間違いなくボンゴレのボスで、Gの幼馴染みで、なまえの雇い主であるジョットだ。


 なぜいる。なぜアイツがいるんだ。

 確かに許可を取らずになまえを連れて行ったが、リナルドに後のことは頼んできた。

 終わればすぐにイタリアに連れて帰るつもりだということも、聞いたはずなのに。


(それすら待てねぇのか。…それとも俺に信用がねぇのか)


 思わず苦笑する。まさかフランスまで追いかけてくるとはな。

 なまえはジョットがいることに気づいていないようだった。ジョットがいるのがわかれば、なまえも驚かずにはいられないだろう。

 さすがになまえに気づかれるようなへまはしてくれるなよと念を込めて、ヴェネツィアンマスクを睨んだが逸らされた。あのやろう。


 軽く溜め息をついたとき、会場に流れている曲が終盤を迎え、Gはなまえの背中に手を添える。


『次の曲だ。ダンスに乗じて証拠資料の隠し場所を書いた紙を受け取る。ついてこいよ?』

『うぅ…頑張る』


 ダンスだけは苦手と自負しているなまえは、顔を僅かに引き攣らせた。

 だが仕方ない。これも仕事だ。 

 笑いを零して、Gはわからない程度に腰がひけているなまえの手を引いた。


 ちらりと後ろに目を向けると、帽子付きヴェネツィアンマスクの周りには、蝶や羽根の仮面の女性客が群がっている。

 ダンスくらい受けてやれ。断り続けるとかえって目立つだろうが。

 そう舌打ちしたくなるのを堪えていると、オレンジ色の瞳がこちらを見た。

 羨ましそうな色がその目に浮かぶを見て、笑いだしそうになった。

 だから、仕事だっつってんだろ。





* * *





『面倒な場所に隠しやがって…』


 服の中に隠した証拠資料を見て、呟く。見つかりやすいところに隠されるよりましだが、壁をよじ登るはめになってしまった。

 会場に戻って周りを見回し、眉を寄せた。

 2階のテラスに続く階段で、なまえが数人の男に言い寄られていた。身なりからしてどこぞのフランス貴族だろう。

 ダンスの誘いを避けるためテラスに逃げ込もうとした途中で捕まったと見えるなまえは、あからさまに嫌そうな顔をしていたが、相手はまるで引く様子がない。


『何やってやがんだ』


 こういう輩からさりげなくなまえを守るように言っておいたはずのタノを探すと、40代と思しき年齢の女性客に囲まれていた。普通、客は給仕係に必要以上に声をかけたりしないが、ここが仮面舞踏会なのが災いしたらしい。

 そういえば、うちのテオとタノはそういう年齢の女性にもてたな、と思い出す。ジャンルは全く違うのに。

 そこまで考えて、はっと我に返る。そうだ、なまえ。

 なまえは顔を覗き込まれそうなのをできるだけ避けていた。不機嫌そうな顔をしているが、本心は困り切ってしまっているだろう。


『くそっ』


 目立つのは避けたいが、なまえを助けなければならない。

 早足で歩きだそうとすると、なまえと男たちの間に、すっとひとりの男が割り込んだ。

 いつ現れたのか、誰にも気づかせなかった…帽子付きヴェネツィアンマスクの、金髪の男。


『悪いが…彼女には俺の相手をしてもらうことになっている』


 滑らかなフランス語でそう言った金髪の男が、ちらりとなまえに目を向ける。

 仮面の向こうにオレンジ色の瞳を見たのだろうなまえが、はっと瞠目した。


『かまわないだろう? お嬢さん』


 なまえがわかる範囲のフランス語で、ジョットが言うと、なまえは演技も忘れてこくこくと頷いた。


『G様。申し訳ありません』


 やっと逃げだせたらしいタノが現れた。若干息が切れている。

 眉を下げて礼を取るタノに手を振って、貴族たちが退散した後の階段へと近づく。

 こちらに気づくと、なまえは笑顔を、ジョットはばつが悪そうに苦笑を浮かべた。

 周囲の誰も、こちらを気にしていないことを確認したGは、ジョットのヴェネツィアンマスクをがしっと掴む。


『おわ!』


 驚くジョットとなまえに構わず、手早く自分とジョットの仮面を取り換えた。

 銀灰色の仮面の向こうでぱちぱちと瞬くオレンジ色の瞳に、Gはふと笑みを向ける。


『俺の用事は済んだ。終わるころに迎えを寄越すから、楽しんでいけ』


 最後に、踊ってやれよ?となまえの方を向いて付け加えると、笑顔が返ってきた。

 それを見て、嬉しそうに口元を歪ませるジョットが差し出した腕を、なまえが取る。



 Gは軽く手を上げて、二人に背を向けて会場を出る。

 外に出ると、給仕姿から着替えたタノが馬車の横に立っていた。仮面だけは着けたままの顔が、訝しげになる。


『G様。御顔の刺青が…』


 反射的に右頬に手を添える。ジョットのヴェネツィアンマスクでは、Gの刺青は完全に隠れない。


『なぜ、仮面をお取替えに?』

『こんなもん着けさせておけねぇだろう』


 タノはわからないと言った顔をしたが、Gはそれに何も言わず、笑って返した。

 仮面は感情を隠すもの。だから仮面には、着けたものの気持ちがこもる。

 この仮面を着けて、ジョットが見た自分と、なまえ。

 そのときの感情は、きっとまだこの仮面の中にある。


『だから、こいつは俺が着ける』


 小さく零して、Gは馬車に乗り込んだ。

 もう人目を気にする必要はないが、しばらくこの仮面は外さない。

















(そういや、アイツはどうやって一人で入ってきたんだ? 女性同伴なのに)

(会場の目立たない場所でドレスを着たテオを発見しました)

(……無茶させるな。テオにも報告書は出させろよ)





* * *



80000を踏んでくださった周様リクエストの、ジョットがGに嫉妬…なんですが、それをG視点でやってみよう!に挑戦して…撃沈しました。難しいっ。
舞台は仮面舞踏会です。いつか書いてみたいものだったので、書けて嬉しかったです。
内容的にあまり突っ込んで書けなかったので、また書きたいなぁとは思いますが。
最終的にはジョット様落ちにしましたが、Gが譲ってあげる形になりましたね(笑)
周様、こんな感じで大丈夫でしょうか?
周様のみお持ち帰り返品可です。
リクエストありがとうございました!


A2



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