Gentile Sig.na ○○○
扉を開けると、雨月がなまえに服を着せていた。
Gentile Sig.na ○○○
『なっ!?な、なんっ…え?…』
『あっ、ジョット』
『おぉ、ジョット』
こちらが困惑しているというのに、二人は揃って笑顔を向けてきた。
後ろ手で扉を閉めながら改めて二人の様子を見て納得する。服は服でも、今なまえが着ているのは和服だった。
白い薄手の着物。形は着物のようだが、細い紐のようなもので腰の辺りで留めているところを見ると、あれは襦袢というものだっただろうか。
着物の下に着るものだったはずだと思い出して、少し迷う。
つまりこれは下着に分類するのか?もしそうだとしたらまじまじと見てしまって大丈夫なのか?むしろここにいて大丈夫なのか?
一気に疑問が溢れ出し、閉めた扉の前から動けずにいると、襦袢姿のなまえがぱたぱたと駆け寄ってくる。
いつものふわりとした笑顔を見て、頭の中の疑問は気にしないことにした。平気だろう。雨月もいるのだし。
『ジョット。来るの早いよー』
『仕事が思ったより早く終わったんでな。…いけなかったか?』
部屋で待っていると言われたから、なるべく早い方がいいと思ったのだが。
心配になってそう問うと、なまえは笑顔のまま首を振った。
『ううん、嬉しい。でもちょっと待たせちゃうかも』
本日の仕事はもう終わっていると言うと、なまえは安心したようだった。
いつもこうならいいんだがな、と厭味を言う右腕の顔を思い出してしまい、すぐに頭から追い出す。
すると、控えめなノックの音が四回、室内に響いた。
『どうぞ』
なまえが答えると、静かに扉が開いて黒髪に灰色の瞳の警備班長が礼を取った。顔を上げた彼は僅かに目を大きくした。きっと俺がいることに驚いたのだろう。
『失礼致します。ボス、雨月様、なまえ様。本部から雨月様に電話が入っております』
『承った。後は大丈夫でござるな?』
前半はリナルドに、後半はなまえに顔を向けて雨月は言う。
『うん。なんとかなると思う。後でチェックしてね』
『なまえなら大丈夫でござるよ』
雨月に頭を撫でられて、なまえが目を細める。今気づいたが、濃い茶色の髪が首の後ろで緩く結われている。
雨月とリナルドが部屋から出て行き、改めてなまえの部屋を見渡す。
同じ屋敷で生活して長いが、なまえの自室には数えるほどしか入ったことがない。
なまえの部屋には続き部屋がなく、ベッドとソファセット、それにクロゼットと本棚がある。
『雨月が日本から持ってきてくれたの』
そう言ってなまえが示した先には、一枚の壁画のような振袖が掛かっている。
色鮮やかなエメラルドグリーンの生地の上に、白や薄いピンク色の無数の桜が、流れるように描かれている。
袂の部分はグリーンから淡い黄色へのグラデーションになっており、落ち着いてはいるが華やかな一枚となっている。
『これを、なまえが着るのか?』
『うん。似合うといいんだけど』
『似合うに決まっている』
断言すると、なまえは嬉しそうにはにかんだ。
ベッドの上には、たくさんの紐や帯留め、布のかたまりなどが並んであり、着物って大変なんだなと改めて思う。
視線をずらすと、ベッドの傍のサイドテーブルが目に入り、そこに向かって足を動かす。
小さなテーブルの上にはいくつもの写真立てが並んでいる。
なまえは写真が好きだ。思い出が形に残るということがとても素晴らしいことだと、この時代に来て思い知ったと言っていた。
『もう少し待っててね』
『あぁ』
頷いて、写真立てのひとつを手に取る。自分とGの間に、とても穏やかな笑顔を浮かべて立つなまえが写っていた。
他にも守護者と写っているものや、いつ撮ったのかわからないが警備班や郵便係のファビオと写っているもの、コザァートから贈られた写真などがあった。
しゅる
『?』
振り返る。
姿見の前に立つなまえの体に、エメラルドグリーンの振袖が寄り添っていく。
しゅる、しゅる
さら、しゃっ
きゅ
あれだけ大きく見えた着物が、流れるように動き、紐で留められると、なまえにぴったりと合った。
広げられていたときは上から下に流れ落ちていた桜模様が、今は彼女の回りをくるくる回っているようだった。
『ジョット』
呼ばれて、気づいた。見るつもりはなかったのに、いつの間にか凝視していた。
いくらなまえが気にしないとはいっても、見るべきではなかったのに。
だが、見てしまうと目がそらせなかったのも事実。それほど、なまえが自身に振袖を着付ける所作は美しかった。
『すまない。じろじろ見るつもりはなかったんだ…』
『え? あ、ううん。いいの。私がいいって言ったんだから』
そうじゃなくて、となまえはベッドの上に置かれていた帯を手に取った。
黒地に、青みがかった銀色とピンクのような金色で鞠が描かれている。
『帯を結ぶの、手伝ってくれない?』
思わぬ頼みに、首を傾げてしまった。するとなまえも、俺と同じ方向にこてん、と首を傾げた。
『俺が、手伝えるのか…?』
『もちろん。…お願いできる?』
結ばれていない状態の帯に初めて触れた。思っていたより、ずっと長かった。
ふわりと微笑んだなまえが、肩に帯を掛ける。桜模様が舞うエメラルドグリーンの振袖に、その帯はとてもよく合い、互いの色を映えさせた。
まだ帯は結べていないが、その瞬間、強烈に込み上げてきた思い。
日本の女性は、こんなにも美しいということ。
(ダメっ、ダメだよジョット。もっときつく。絞め殺す勢いで!)
(そ、そんなことできるわけないだろう!)
(でもそれくらいしないとすぐ着崩れしちゃうの!)
(日本の女性は…大変だな……)
* * *
55555のキリ番を踏んでくださったさくら様リクエストの、ジョット様視点の甘……だったんですが、甘よりほのぼのが勝ちました(^_^;) 主人公さん振袖リクエストはどうしても書きたかったので、それメインに。 振袖って素敵ですよね!着るのは大変ですが一度は着たらいいんじゃないかと思います。 タイトルの意味は未婚の女性にイタリア語で手紙等を書く時に使う《親愛なる○○○〜》です。
さくら様、こんな感じでよろしかったでしょうか? さくら様のみお持ち帰り返品可です。ありがとうございました!
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