恋物語番外編 | ナノ


あと一歩なんてものじゃない 2


『ジョット、起きないの?』

『んー…』


 肯定なのか否定なのかよくわからない声を洩らすと、ジョットはもぞもぞと身じろぎした後、なまえの背中に腕を回した。

 今度こそ起き上がるかと思ったが、ぎゅうっときつく抱き締められる。

 耳のすぐ傍で、ジョットの声が響いた。


『なまえ、髪…湿ってる』

『あ、うん。お風呂入ったから…』


 乾かす前に玄関の物音に気付いて部屋を出てきたのだと説明すると、すん、と鼻を鳴らす音が聞こえた。

 全く起き上がる気配がないジョットに、見た目より酔いが回っているのだろうかと心配していると、吐息のような笑いがなまえの耳を直撃した。


『いい匂いがする…』

『そ、そうかな? いつもと同じだと思うけど…』


 そう答えながらも、よくよく考えれば風呂上りの直後にジョットや守護者達に会うことなどなかったかもしれない、と思い直す。


『ん…。ぞくぞくする…』


 びっくりするほど甘い掠れ声に、なまえはびくりと体を離そうとしたが、それをさせまいとするかのようにぎゅうぎゅう抱き締められる。


『そ、そういうこと…言わないで…』

『ははっ』


 楽しそうな声を上げるジョットが、またもなまえの背中に回した腕にぎゅっと力を込める。

 ジョットの金髪が、顔や首に触れてくすぐったい。


『ジョットは…お酒の匂いがする』

『そりゃそうだ。酒臭いだろ?』


 おどけたような口調に、なまえはすん、と匂いを嗅ぐ。

 キャバッローネ邸で出される酒なら高級なものばかりだろう。臭いというより、甘く濃厚な香りだ。

 ジョットが腕を離す様子がないので、なまえは半ば観念したような気持ちで、酒による熱が引かないボスの体を抱いていた。


『こうしてると、酔っちゃいそう…』

『ッ!』


 なまえの肩から顔を離したジョットのオレンジ色の瞳は、酔いの所為か水を湛えたように揺らめいていた。

 視線が合うか合わないかのうちに目を逸らしたジョットは、まったくお前は…とほろりと苦笑した。


『そういうこと、言うな…』


 ようやくジョットが体を離し、起き上がるかと思ったら彼はそのままなまえの右手を取った。

 縦にまっすぐ刻まれた傷に、長い指の先が触れる。