ひとくちサイズの未来
穏やかな午後だった。
柔らかな風が開け放された窓から入り込み、カーテンを膨らませた。
ジョットは書類にペンを走らせながら、風に揺らされた金色の前髪を指で払う。
こんなに気持ちのいい天気の日だというのに、守護者は皆出払っている。尤も、自分が命じた任務で出ている者もいるのだが。
ひとくちサイズの未来
コン、コン、コン、コン、コン
ノックの音が5回。回数で相手がすぐ分かり、ジョットは薄く笑みを浮かべた。
真正面にある扉に向かって返事をすると、控えめな音が鳴った後、扉が少しだけ開いた。
隙間からひょこりと顔を覗かせたのは、予想通りなまえだった。
彼女はジョットと目が合うといつものようにふわりと微笑み、どこかいそいそとした様子でデスクの前まで寄ってくる。
『どうした?機嫌が良さそうだな』
いつもの仕事着に、今日は紺色のエプロンを身に着けたなまえはジョットの言葉に驚いたように目を瞬かせたが、すぐに笑顔になる。
『えへへ。お菓子がうまくできたんだ。ジョットが良ければ一緒にお茶したいなぁと思って』
誘いにきました、と結ぶなまえに、ジョットも喜んで、と笑みを返す。
デスクを片付けて立ち上がろうとすると、なまえが慌てたように手を振る。
『ジョットは座ってて。すぐに用意して、ここに持ってくるから』
『ここにか?』
『うん。…ダメ?』
不安そうに眉を下げたなまえに、ダメなものか、と笑いかけてジョットは椅子に座り直す。
普段なら、お茶を飲むなら食堂や談話室、天気がいい日はバルコニーと決まっていたが、なまえがそうしたいと言うのを断る理由はない。
すぐ、という言葉通り、なまえは数分とかからずワゴンを押して戻ってきた。
温めたカップに紅茶を注ぐなまえの手元を見ながら、ジョットは応接用のソファに向かい、腰を下ろす。
紅茶の良い芳香がふわりと香るのを嗅ぐと、ジョットはテーブルに置かれた茶菓子が気になり、皿の上のクロッシュ《蓋》をひょいと持ち上げた。
『ほぉ…』
思わず息を洩らしたジョットの前に、カップが置かれる。
皿の上に載っていたのは、今までに見たことがないほどカラフルな菓子だった。
指で摘めそうなほど小さい、2枚のクッキーのようなものの間に、クリームやジャムが挟んである。
普通のクッキーのような色のものから、白、ピンク色、柔らかい緑色、チョコレート色、キャラメル色、何でできているのかわからないが、灰色のものまである。
予想をはるかに超えた不可思議な茶菓子に魅入っていると、なまえの堪えきれないといった笑い声が聞こえる。
『紅茶、冷めちゃうよ?』
『あ、あぁすまない。…これが、うまくできた菓子なのか?』
『うん。パリ風マカロンだよ』
マカロン。
口の中で呟いて、ジョットは紅茶に口をつけ、もう片方の手をマカロンに伸ばす。
ピンク色のひとつを摘まむと、思っていたより軽かった。サンドされた部分から、甘いジャムの香りがする。
『聞いたことがあるな。アマレッティに似た菓子だと聞いたはずだったが、どうも違うな』
『うん。クリームとかを挟むパリ風マカロンができるのはね、後20年くらい先の話なの』
『! …そう、なのか』
うん、と微笑んだ後、なまえは悪戯が見つかった子供のような表情でマカロンを摘まんだ。
『この時代にないお料理やお菓子は、できるだけ作らないようにしているんだけど…どうしても食べたくなっちゃって』
口に入れるとさくりと柔らかく崩れ、ジャムの甘さが広がる。なまえの方に目をやると、目を細めてマカロンを咀嚼していた。
『未来の、菓子か』
そう言って微笑むと、なまえは頷いて掌にマカロンを載せ、ジョットに差し出した。
緑色のそれを受け取って齧ると、抹茶の甘く、少しだけ苦い味がした。
『美味いよ。とても』
正直な感想を言葉に載せると、なまえがとても嬉しそうに微笑んだ。
『ありがとう。でも、このことは内緒にして、お腹の中にしまっておいてね』
おどけたような言葉に、つい吹き出してしまう。
『お腹の中はよかったな。だが、こんな美味いものがもう食べられないのは…寂しいな』
『また作るよ。天気がよくて、ジョットと私以外皆が出掛けている。そんな日があれば』
小さな、小さな秘密。
まだこの世にはないはずの、甘い秘密を共有する。
そんな穏やかな午後が、きっとまたくるだろう。
それまでは、しまっておこう。
『次は、チョコレートのを取ってくれ』
ひとくちサイズのナイショの未来
(その、灰色のは何を使ってるんだ?)
(胡麻!)
(胡麻…)
* * *
7300番を踏んでくださった棗様リクエストのジョット日常夢です。 日常夢とのことで、のほほんとした話を目指したのですが、いかがでしょうか。 マカロンて可愛いですよね♪ A2は甘いものがたくさん食べられないので2個くらいでギブするのですが。
穏やかな話にできてるでしょうか? 棗様、リクエストありがとうございました!
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