恋物語番外編 | ナノ


電池切れの貴方にクレマ・カタラーナ



 よく晴れた日の昼下がり。

 天気がいい日は仕事がとても早く進むからありがたい。

 洗濯物もすぐ乾くし、拭き掃除も乾拭きがスムーズに終わった。

 雨月の授業を受けに行くまでまだ少し時間があったので、なまえは休憩を取ることにした。



 ポットに紅茶を入れ、砂糖とミルクと昨夜作っておいたクレーム・ブリュレをトレイに載せる。


(天気もいいし、2階のバルコニーでお茶にしよう)


 そう思って、キッチンを出て2階に向かう。

 午前中にバルコニーも綺麗に掃除したため、白い木の床もテーブルセットも汚れひとつないから気持ちいいはずだ。

 バルコニーへと続くガラス戸を押し開けると、日蔭になる位置に置かれたベンチに先客がいた。



 テーブルの上にトレイを置いてから忍び足で近づくと、長い脚を投げ出すようにしてGがベンチに寝転がっていた。スーツの上着は脱いで枕代わりに頭の下に敷かれていて、ネクタイも緩められていた。

 赤い髪と顔から首にかけて長く伸びる刺青。髪を同じルビーのような赤い瞳は、今は伏せられている。規則的な呼吸音が聞こえ、寝入ってからしばらく経つようだ。

 なまえはくすっと微笑んでベンチから一番近い椅子を、音を立てないように気を付けて引いて腰掛ける。


 なまえが、このボンゴレの右腕がこうして眠っているのを発見するのは初めてではなかった。

 日々馬車馬のように働いている彼は、さっきまできびきびと動いていたかと思えば突然どこかで眠っているのだ。

 それはこのバルコニーであったり食堂のテーブルであったり談話室のソファであったりバリエーションに富んでいる。



 一度眠りにつく瞬間を目撃したことがあるのだが、眉を顰めて書類を捲りながら歩いていたかと思ったら突然立ち止まり、目についた部屋に(たしかあの時はランドリールームだった)ふらふらと入って行き、眠れそうな場所を見つけて横になり、1分も経たないうちに夢の世界へ旅立ってしまっていた。

 あまりにも突然起こるため、ボンゴレの右腕は電池式かねじまき式なのではないかと思わず笑ってしまったほどだ。

 Gの昼寝はあまり長くないので、もうそろそろ起きるのだろうと判断したなまえは熱い紅茶をカップに注ぎ、砂糖とミルクを入れてティースプーンでくるくるとかき混ぜる。

 クレーム・ブリュレにスプーンを入れると、表面のカラメルがぱりっと音を立てて割れる。

 バニラがふわっと甘く香り、口に含むと卵とクリームの濃い味が広がる。

 ちょうどいい甘さに思わず目を細めると、眠っているGが小さく唸った。


『ん……』

『あ、起きたの?』


 声をかけると、うっすら目を開いたGはぼうっとした表情のままベンチに肘をついて体を起こす。

 寝起きがいい彼にして珍しいな、と思っていると、ひくっと匂いを嗅ぐように鼻を動かしたGは、ゆっくりとした動きでなまえの方を向く。

 ぼやっとしたまま人差し指を向けられて、なまえはカップに口をつけたままきょとんとする。


『何…食ってんだ?』

『クレーム・ブリュレ』

『くれ』


 スプーンで掬った跡のあるカップを向けて見せると、間髪入れずに要求されて驚く。

 未だ目覚めきれずにいるらしいGは頭を掻いて赤い髪を散らす。


『なんかすっきりしねぇ…。糖分を取れば目が覚める気がするからくれ』


 その言い分の根拠はないのだろうが、なまえは笑ってクレーム・ブリュレをもう一掬いする。


『いいよ。残り全部あげるからあと一口だけ…』


 そう言ってスプーンを口に運ぼうとすると、右手を掴まれた。


『ちょ、G!』

『うっせぇなぁ…』


 憮然とした表情のGに、スプーンを持ったままの右手を引き寄せられる。

 スプーンを固定するようになまえの右手を掴んだGは、クレーム・ブリュレが載ったスプーンに口を近づける。


『俺は今食いたいんだよ』


 一掬い分のクレーム・ブリュレがGの口に吸い込まれる。

 味わうように舌を転がすGの眉間の皺が、少しだけ減ったような気がした。

 Gはなまえの手を放すと、ふっと笑って椅子に座るなまえを見上げた。


『クレマ・カタラーナじゃねーか』

『え?』

『フランスのクレーム・ブリュレじゃねぇよ。牛乳も使ってんのはクレマ・カタラーナだ』

『う……』


 クレーム・ブリュレの祖先とされるスペインのお菓子、クレマ・カタラーナ。

 ほとんど調理法は変わらないが、クリームと牛乳を両方使っている分、少しだけクレマ・カタラーナの方があっさりしている。

 たしかに昨日これを作っていた時、クリームが足りなくて牛乳を代用したのだ。

 だからといって、雀の涙ほどの違いしかない。


『そんなのわかるのGくらいだよ』

『そうか?まぁいいけどな。 もっと寄越せよ。茶も飲みてぇ』


 はいはい、と溜め息をついてスプーンとカップを渡したなまえは、クレーム・ブリュレ改めクレマ・カタラーナの残りを食べ始めるGのために、空になったティーカップに紅茶を注ぐ。

 少し冷め始めた紅茶を渡すと、クレマ・カタラーナのカップはすでに空になっていた。

 ありがとな、と紅茶を受け取るGに、なまえは意外そうな顔を向ける。


『Gがそんなに甘いものを欲しがるって珍しいよね』


 酒とタバコが好きで、コーヒーも当然ブラックな彼は作れるくせに自分では甘いものをあまり食べない。

 それがまさか寝起きに甘いものを欲しがるとは少し驚きだ。


『あー…疲れてたのかもなー』


 立ち上がって伸びをするGは、すっきりした表情で完全に目が覚めたようだ。

 なまえはその様子にふっと微笑んで、テーブルを片付け始める。


『疲れた時には甘いものもいいよね』

『お前の作ったもんは甘すぎねぇからな。俺でも食える』

『ふふっ。お粗末様でした』


 微笑むなまえの頭に、Gは皺の寄った上着を持ち上げた後、もう片方の手をぽんと載せる。

 顔を上げると赤い髪と赤い瞳の、普段怖いと思われがちな美麗なGの顔が視界に入る。


『美味かったぜ』


 その表情は穏やかで、なまえはなんだか嬉しくなって、にっこり笑って頷いた。

 彼が上着を羽織りネクタイを締め直すのを横目で見ながら、なまえは空になったカップ等を載せたトレイを持って立ち上がる。


『よし、もう一頑張りしよっと』

『おう』


 笑顔で頷き合って、ボンゴレの右腕と雑用はそれぞれの仕事に戻るため、あたたかい陽光が降りそそぐバルコニーを後にした。














(G、食堂で仕事するの?)

(あぁ、ここで張ってたらあのサボり魔をすぐ捕まえられるからな)

((ランポウを探してる最中だったんだ…))





900キリ番 一二三様。

リクエストありがとうございました!
ほのぼのというか働く2人の休憩時間って感じでG様とお茶です。
これからもカンキをよろしくお願いします。



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